プール教室で、紗良はいつも観覧席から海斗だけを見ていたはずだった。
それなのに、なぜか最近では杏介を目で追っている瞬間がある。

子供に向ける笑顔、真面目な指導、引き締まった体。
ずいぶん前からまわりのママたちが口々に「滝本先生いいわよね」と騒いでいる意味がようやくわかってきた気がした。

ふと、杏介と目が合った気がして胸がドキリと揺れる。
無意識にまた見てしまっていたようだ。

どうしたというのだ。
今までそんなことなかったのに。

紗良は慌てて視線を海斗に戻した。

杏介も紗良が気になっていた。
紗良が、というより、紗良と海斗の家庭の事情が、といった方が合っているかもしれない。

目の前の海斗は今日も楽しく水に潜っている。
他の子たちと何ら変わらない、事情さえ知らなければごく普通の家庭の子だと思う。というか、つい最近までそう思っていたのに。

指導中は雑念を捨てるべきだと、杏介は無理やり頭を切り替える。
だがレッスン終了後に生徒たちに夏休み短期スクールのお便りを配ったとき、その雑念が一気に引き戻された。