紗良と別れた後、杏介にはひとつの疑問が残っていた。

(……海斗、石原さんのこと『姉ちゃん』って言ってなかったか?)

記憶を辿ってみても、やはり海斗は『紗良姉ちゃん』と言っていたように思う。

お母さんとは呼ばせない主義なのだろうか?
たまに子供とは友達のような関係だからと名前で呼び会う親子もいると聞く。

(いや、だけどそういうのとは違う気がするけど……)

四歳児の海斗は大人と対等に会話ができるが、それでもまだおぼつかない言葉もたくさんある。
その場のノリとか勢いとか、はたまたその時のブームとか。

それとも杏介の聞き間違いだろうか。

海斗からもらった絵には、大きく口を開けて笑った顔と『おとうさん、いつもありがとう』と言葉が添えられている。

(深い意味はないとは思うけど……)

海斗は杏介に父親像を見ているのだろうか。
確かによく懐いてくれてはいるけれど、でもそんな子は他にもたくさんいる。

海斗の父親はなぜ亡くなったのだろう。
紗良も早くに夫を亡くして寂しいだろう。きっとまだ若いだろうに。

様々な疑問と想いを抱えながらも、『先生のことが好きなので描いた』と言われればやはり悪い気はしない。

――『深く考えずに体裁だけでいいので受け取ってもらえないでしょうか』

ふいに紗良の言葉がよみがえる。

(そうだよな。ありがたく受け取っておこう)

杏介はそれ以上考えるのをやめ、画用紙を助手席にそっと置いて車を発進させた。