紗良が望めば結婚式だって何だって杏介はするつもりでいた。
だが紗良はあっさりと、しなくていいと言った。
三月には新居も完成予定で引っ越し作業が待っている。
そして四月になれば海斗は小学一年生になる。

何かと慌ただしい日々。
これ以上予定を詰め込むのは難しい。
なにより、杏介と結婚できたという事実が一番嬉しいため今は結婚式にまで頭が回らない。

「紗良、好きだよ」

「……杏介さん」

「前は断られたからリベンジ」

杏介は照れくさそうに笑う。
ポケットにこっそりと忍ばせていたマリッジリングを取り出し、紗良の左薬指にはめる。
マリッジリング自体は二人でデザインを決めて購入した。
けれどそれを杏介が持ってきていただなんて――。

紗良は喜びで胸がいっぱいになる。
薬指にはまった指輪はダイヤモンドが複数並んでおり、揺れるような光沢はまるで水面のようにキラキラと輝いた。

「杏介さん、私のこと好きになってくれてありがとう。ずっと待っててくれてありがとう」

「こちらこそ。俺のこと信じてくれてありがとう。見捨てないでいてくれてありがとう。これからもずっと紗良のことを愛し続けるよ」

「……ずっとだよ?」

「うん、ずっと。約束する」

「私も、杏介さんのこと愛し続けるって約束する」

「……まるで結婚式みたいだな」

「確かに。セルフ結婚式だね」

ふふっと微笑む二人は自然と唇を寄せる。
甘く優しい口づけは冬の寒さなど微塵も感じない。
あの時とは違う胸の高鳴りが聞こえてくる。

たくさんのことを乗り越えて季節をまたぎ、次の春がまたやって来る。

愛した君とここから始まるのだ。
二人の進む未来は明るく輝いていた。


【END】