一緒にタクシーに乗って家まで送ってもらった。
途中で、前野君が「なんかあったら連絡してください」とラインを交換させられた。

「なんかって?」
と尋ねると、
「泣きたいときとか、笑いたいときとか、これ誰かに言いたいってことがあったときとか」
「これ誰かに言いたいってどういう時?」
意味がわからなくて小首をかしげ、隣に座る前野君をみた。

前野君は二重の綺麗な目をいつもより少し大きくして『わからないの?』と言いたそうに、驚いてみせた。

「えー。そのままでしょ?こう・・・例えばですけどね。
自動ドアの前で立ち止まって開くのを待ったら押すドアだったとか。かっこつけて歩いたら段差につまずいたとか。1階に降りようと思ってエレベーターに乗ったら上行きで、用もないフロアに降りて一周するはめにあうとか。きれいな夕焼けをみたとか」
視線を少し上にしながら例をあげた。きっと、自分のした『誰かに言いたいこと』を思い出しているのだろう。そう思うとおかしくてつい笑いだしてしまった。

「あははははは。前野君そんなことあったんだ」
「例えばですよ、例えば」



タクシーの中で、前野君は泣いていた理由を聞いたりしなかった。

前野君と仕事以外の話をしたことは、ほとんどなかったのに、会話が続く。流石、営業部若手ナンバーワンだと思った。

そして、タクシーの中で、ずっと手を握られていた。
その大きな掌は暖かかくて、心地よかった。




お礼を言ってタクシーを降り、マンションに入る。

鞄からスマホを出し、前野君に
「ありがとう」と「おやすみ」
のスタンプを送った。すぐに
「ぐっ」と「おやすみ」
のスタンプが却ってきた。



同じ営業部だったけど、あまり話したことのない後輩が、予想以上にいい奴だっと知った。