「いや、だけど」
「呼んでください」


 そんなの関係ない、と言おうとしたところで神官様が言葉を遮る。
 なんだろう? いつもの軽薄な感じがない分たちが悪い。直視に耐えない美しさだ。遠目とは言え、大した影響力のない他の王族たちに視線をやりつつ、わたしは小さくため息を吐いた。


「セ――――――」


 ただ名前を呼ぶだけ。
 そう思っているのに、上手く言葉が出てこない。
 喉から胸のあたりがモヤモヤと熱くて、わたしは密かに唇を尖らせた。


「セドリックですよ、ジャンヌ殿」

「そのぐらい、知ってます」


 時間が経てば経つほど、ハードルはどんどん上がっていくもの。

 分かっている。
 分かっているけど、心臓がバクバク鳴ってて、上手く息ができないんだもの。


「ジャンヌ殿――――お願いです。どうか私にも、『私は私』だと思わせてください」


 それは、あまりにも切実な声音だった。
 神官様の表情が、言葉が、彼の苦しみを物語っている。