今何時だろう、と、目が覚めた。
寝返りをうとうとするけど、その人の体があったため上手く寝返りを打つことが出来なかった。
体、と言っても、潮くんが私の手をずっと握っているからなのだけれど。


潮くんは寝ているらしい。
静かな寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っていた。そんな潮くんを起こすことも出来なくて、そのまま身を任せた。


私が不安に思うことは、ただ一つ。
今日は何年の、何月何日だということ。
だけど多分、こうして潮くんが私と寝ているということは、少なからず私は潮くんのことを覚えているということ。


それに安心して、繋がれた手を握れば、潮くんのことを起こしてしまったらしい。かすかに握り返してきた。そのまま瞼が開き、「…おはよう」と、優しく笑いながら言ってくる潮くんに、私も「おはようございます」と笑っていた。


「ごめんなさい、起こすつもりは…」

「…ううん、凪に起こされて嬉しい」


愛おしそうに、寝起きの手で私の頬を撫でる。


「…あの、今日は…」

「今日は、7月27日」


えっと、昨日が確か26日だったから。そう考えていると、頬に置かれていた手が移動し、私を抱きしめた。


「…潮くん」

「うん」

「わたし、きのうのこと、全部覚えてる」

「うん──」

「7日間のこと、全部、覚えてます」


潮くんの腕の中で笑えば、潮くんも笑ったような気がして。


「潮くんが、大事にしてくれたこと、全部覚えてます」





──7日前、私は潮くんと色々な事を話した。潮くんが私に一目惚れをした事も、告白してくれたことも、それを私が忘れて虐めてしまったことも。
それでも、好きだから、傍にいようと決めたことも。


それを聞いて、二度と忘れたくないと思った私は、潮くんと1晩を過ごそうと思った。
ずっとずっと一緒にいれば、忘れないんじゃないかって思ったから。


こうして一緒に寝るのは、「ホテルで手を繋いで寝たことがある」と潮くんが教えてくれたから。
だからその時のことを思い出すために、潮くんが再現してくれていて。
だけど、過去のことは思い出せない。
それでもこの7日間のことを覚えている私は、とても気持ち的に楽だった。


私は今17歳で、高校生。
世間では夏休みという長時間のお休みらしい。
潮くんはまたウトウトとし始めたから、トイレに行きたい私は手を離した。
そうすれば潮くんはまた起きて、「どこに行く?」と、私と手を繋ごうとしたから。


「トイレに、すぐに戻るね」

「早く戻ってこいよ」


うん、と返事をしてから、私はリビングに向かった。まだ7日間だから、普通に喋るのにはまだ抵抗があって。敬語と、敬語じゃないのと混じってしまう。


ちょうどお母さんと鉢合わせして、「潮くんは?」と聞かれた。


「もう少し寝るみたいで」

「昨日、ずっと起きてたからかしらね」

「そうなんですか?」

「潮くん、凪の寝顔を見れるなんて幸せすぎるって、毎晩言ってるもの。かわいい寝不足ね」


お母さんの言葉に恥ずかしくて、顔が赤くなるのが分かった。
潮くんは毎晩、そんなことを思ってくれているらしい。

この7日間、私を大切にしてくれて。
私の中でも潮くんの第一印象が変わり始めている今、好感度が勢いよく上がっていく。

この人なら大丈夫と、信頼をしているようだった。



部屋に戻り、起きていたらしい潮くんは「おかえり」と、手を伸ばしてきた。
聞いたところによると、この手を繋ごうとするのは、潮くんの癖らしい。


そのまま手を繋ぐと引き寄せられ。


「潮くん、」

「…ん?」

「やっぱり、少し忘れてるみたい」

「え?」

「だって私、毎晩、潮くんに寝顔を見れて幸せなんて言われてないもの」


クスクスと笑えば、潮くんは寝起きだというのに、顔を真っ赤にした。


「もー……」


と、複雑な様子で。


「……言わなくても、幸せなの分かるだろ?」


そう言って、完璧に私を腕の中に引き寄せる。


「凪?」

「なんですか?」

「今日、どこ行きたい?」

「……」

「凪が行きたいところ行こう」

「わたし、」

「うん」

「潮くんの部屋に行ってみたい」

「俺の部屋?」

「うん、写真とかあれば見たいなあと思って」


「写真?」


潮くんは、顔を傾けた。


「はい、何か思い出せるような物はないかと思って」

「んー…、あんまり凪のこと写真に撮ったことないから。ああ、でも、卒アルはある」

「卒アル?」

「卒業アルバム。小学生と中学の時の。凪の部屋にもあると思うけど」

「私の部屋に?あるんですか?」

「でも、俺の部屋に行きたいなら一緒に行こう。俺も凪が部屋に来てくれたら嬉しい」



甘く言ってきた潮くんに恐怖は無かった。
この7日間、潮くんは「外に行きたい」というわがままにも付き合ってくれた。
時々、記憶が思い出せず不安になっていると「そのままでいい。大丈夫」と私を慰めてくれた。

その途中で、私は潮くんと付き合っていることを知った。
それを思い出したくても思い出せない私は、本当に潮くんに申し訳なくて……。

過去になにがあったか私には分からない。
けど、今の潮くんを信じたいと思った。

潮くんが大事にしているように、私も彼を大事にしようと。


「3棟にあるんですよね?」

「うん、知ってる?」

「はい、お母さんから聞きました」

「いつでも来ていいから」

「いいんですか?」

「うん、本当に、凪ならなんでもいいんだ」


潮くんに笑いかけていると、潮くんも幸せそうに笑っているのが視界に入ってきた。

そのまま私の頭を撫でる潮くんは、軽く私を引き寄せた。


「……怖い?」


潮くんのことを?
怖い、この感情は怖いのだろうか?


「分かりません…、でも、もう、潮くんは優しい人だって、わかる」

「うん」

「あの」

「なに?」


顔の、距離が近い。
これ以上引き寄せられれば、キスができてしまう距離。


「私たち、キスしたこと、あるんですか、」


潮くんは、少し頭を撫でる手を止めたけど。
すぐに優しく笑って、「あるよ」と、また愛おしそうに頭を撫でた。

本当に、触るだけで幸せだと、思っているような顔。


「キスをすれば、思い出すでしょうか」

「…凪」

「潮くんは、私とキスしたい?」

「したい」

「なら──」

「でも、まだ凪は俺の事怖がってる。それに〝好き〟って思ってるわけじゃないだろう?」


好き……?


「焦らなくていいんだ、凪のペースで。凪が俺の事を好きだと思って、俺の事を怖くないと思ったら、──その時はさせてほしい」


その時……。


「でも、すれば、思い出すかもしれません……」

「いや、うん、それだったらすげぇ嬉しいんだけど…」

「けど?」

「凪の体を犠牲する思い出させ方は、したくないんだ」


犠牲にする思い出させ方?


「凪のペースで、ゆっくり思い出していこう」