彼の顔が、一瞬にして強ばるのが分かった。


「凪? 俺が分かるのか?」


彼から逃げようと完全に体を起こしている私の目からは涙が止まらなかった。
ツラいからなのか、目の前にいる人が怖いからなのか分からない。


だけど無我夢中で、さっきの女の人を呼んだ。
最後の方は、とても弱々しかった。


「どうしたの?!」


慌てた様子で、女の人が来た。
さっきとは違い、何かを作っていたのか、エプロンをつけている人……。


「このひと、このひとが……」


お母さんらしい人は、私が泣いていることに、目を見開いた。


「潮くん?潮くんがどうしたの?」

「わたしを、おした……、足にケガした……!」

「え?」


困惑する表情をした女性。


「…怪我してないわ、どうしたの?」


今はしてない、
昔、
昔に。
この人が小学生の時に──……!!


私はもう1度、思い出したことを言う。



「っ、何も、言い返して来ないって……」

「え?」

「明日になれば忘れるって、酷いこと言った…」

「……なぎ?」

「誰かが、バカって言ってたぁ……」



ボロボロと涙が溢れ、それは止まらなくて。
「こわいよ、こわいよ……」と言い続けていれば、私に酷いことを言った男の人がいなくなっていた。


「大丈夫よ、大丈夫……」


お母さんが抱きしめていた。
頭が痛く、泣き止んだ頃には熱が上がっていたしく、吐き気が私をおそった。


トイレの中で胃液を出し続けていた私が落ち着いたのは、しばらく経ってからだった。


潮くん──と呼ばれていた男の人は私の前に現れることはなく。お粥を無理矢理1口食べ、薬が効き始め、もう一度眠りについたのはお昼頃。


目を覚ましたのは夕方。
目を覚ました時、いないはずの人が、私のそばにいた。蒼白になり、また私は泣き出した。


「覚えんのか……?」


そんな私を見て、カレが戸惑ったように口を開く。

なにが、なにが、なにが──…。

ありえないほど、目を見開き、驚く彼はもう一度「……俺が、朝、ここに来たこと覚えてる?」と聞いてきて…。


聞いてきても、答えることが出来なかった。ただ怖かった、私が寝ていた時、この人がそばにいた事が。


お母さんが、中へ、入れたのか……。



「なぎ……」

「やめて……」

「分かる?」

「……やめて……」

「泣かないでくれ…………」