どこだろう?
分かんない。
どこで、名前を聞いたんだろう?
だけど遠い昔に聞いたような気がする。
思い出せない。
でも、分かる。
なんとなく覚えてる。
頭が痛い。
ズキズキする。
もう何も考えたくない。
寒いからもう1枚布団が欲しい。
さっきの女の人、どこに行ったんだろう?
そういえばお母さんって言ってたっけ……。
だれの?
わたしの?
…………わたしって……。


働かない頭でぼんやりと考えていると、慌ただしく、扉の開く音が聞こえた。
さっきの、お母さん……?、かな、と思った。
瞼を閉じていたから誰か分からない。

その人が傍まで歩いてくるのが振動で分かった。


「……凪?」


だけど、その声は男の人だった。
低い声。
不安と、心配と、戸惑いに満ちた声。

冷たい手が私の頬におりてきた。
その手が冷たいと思ったのは私の体が熱いからなのか、それとも彼の手が元々冷たいのか。


「…凪、…大丈夫か? 」


愛おしそうに撫でるその手に、私は瞼を開いた。視界がぼやける……。……誰……。


「震えてる、寒いのか?」


誰でもいい、布団を持ってきてほしい。あっためて欲しい。男の人は立ち上がると、少し離れた。扉……、ガラガラといったから、クローゼットを開く音かもしれない。


毛布、のようなものが、布団の上からかけられた。重いけど、温かい。


「ごめんな……寒くないか?」


謝ってる人が、また頬を撫でてくる。
瞼を開けていた私は、ぼんやりとしていた視界がやっとクリアになってきて。
その人を見ることができた。


黒髪で、切れ長の、二重の瞳。
高い鼻、薄い唇……。
肌の色は、白く。


「凪?」


その人と目が合う。
あれ……
知ってる?
私はこの人を、知っているような……。
どこかで見た事のあるような気がする。
どこだっけ……。
分からない。
でも、覚えてる。

昔、昔に。

昔──……。

もっと、小柄だったような……?


頭の中で、黒色のランドセルが思い浮かんだ。
ランドセル……。
小学生……?
でも、目の前にいる人はどう見ても小学生には見えない。


いつの時……。
昔。
この人が、ランドセルを背負っている時。
こんなにも大人じゃなかった。


────『おもんね、今日は言い返して来ねぇのな』


ランドセルを背負ったこの人は、私を見下していた。
私はその時、しゃがんでて、膝が痛くて。
そうだ、私は、この人に突き飛ばされたことがある──……。それで、転んだ。酷い言葉を言われたような気がする。


「凪?どうした?」


目が泳ぎ、寒さとは違い震え出す私を見て、焦ったような声を出す男は、「凪?」と逃げようとする私を支えようとした。

それが嫌で振り払おうとしても、熱があるせいで上手くいかない。
だから──……


「い、いやっ、いや!」


痛い喉で、叫んだ。


「凪? どうした? びっくりしたのか?」

「やめてっ……」

「悪かった、知らない男がいたらびっくりしたな、大丈夫だから」

「大丈夫……、じゃないっ……」

「落ち着いてくれ、出ていくから。今すぐ出ていく、だから横に──……」

「また私に怪我をさせるつもりなのっ……?」


苦しさのせいか、目の奥が熱くなって、ポロポロと涙が溢れてくるのが分かった。


「─え……?」


目を見開き、驚いた声を出した男の人は、息を飲んだような気がして。


「〝また〟……?」

「こわい、こわいっ……」

「凪、今、〝また〟って言ったのか?」

「……やだぁ……」

「凪、」

「っ、──お母さん!お母さん!助けてお母さん!!」