「あの、やっぱりいけない気が…。泥棒と同じです」


門を乗り越えたものの、不法侵入とは変わりなく。スタスタとだるそうに早足で歩く彼に訴えるも、無視される。

本当にこの人について行っても良かったのだろうか?桜木さんを待つべきだったんじゃないだろうか?

立ち止まり、やっぱり、戻ります…そう言おうとした時、今度は緑色の網目のフェンスに足をかけた…藤沢さんは、足を大雑把に引っ掛けると、またガシャガシャと音を立ててそこを登る。

高さは2mはある。もしかすると3メートルはあるかもしれない。


「さっきよりも登りやすいだろ」


簡単にそう言ってくるけど…。
フェンスの向こうにあるのは、どう見ても…。


「ここになんの用事があるのですか?他の場所ではだめなんですか?」

「記憶取り戻したくねぇのか?」


登っている最中、彼が後ろを振り返る。


「え?」

「お前は1回、ここで記憶を思い出したことがある」


え…?
でも、私…毎日忘れるんじゃなかったの?


「思い出したかったら、来いよ」


──思いだしたければ…。


「そ、れは、」

「あ?」

「それは、桜木さんのことも、思い出せますか…?」

「たぶんな」


また、フェンスを登っていく。
もしかしたら、思い出すかもしれないってこと?この中に入れば…。
昨日のことも、その前のことも。
桜木さんが言ってた、過去の出来事も…。
思い出すのならば。
私も緑色の網目のフェンスに足を引っ掛けた。
だけど、私はあまり体力というか筋肉が無いようで登るのが難しく。

1番上に登った藤沢さんが「早くしろよ」と私に手を伸ばしてくる。恐る恐るその手を握ろうとした時、なんだかその手に違和感がして──…。


〝いつもの手じゃない〟と無意識に思っていた。どうしてそう思ったか分からない。どちらかというと細く角張っている藤沢さんの手。

私の知っている手は、もっと、しっかりとして…。

藤沢さんの手と重ねれば、その違和感は確信に変わった。なんだろう、フィットしない…。私の手と形が合わないと説明したらいいのだろうか?

そう思えば、桜木さんの手は繋ぎやすかった。違和感がなかった。夜に会いに来ると言っていた桜木さんは、今どこにいるのか…。


ようやくフェンスを乗り越え、下に降りた時、涼しい顔をした藤沢さんと違って私は息切れしていた。少し汗も滲んでいた。


フェンスを乗り越え、視界に入ってくるのは1面の水だった。夏の時期だからか、いっぱいに入っているそこは、間違いなくプールで…。


「あの、ここで、思い出したんですか、私…」

「ああ」

「ど、どうやって、」

「…」

「わたし、どうすれば…」

「落ちろよ」

「え?」

「こん中、落ちろ」


そう言った藤沢さんが、私の腕を掴んだ。
そうして力任せに引き寄せ、言葉通りに私の体をプールに落とそうとするから…。


「ま、まって、待って下さいっ、」


咄嗟に、足に力を入れた。
プールに私を落とそうとする藤沢さんは、「ちっ、」と、イラついたように舌打ちをした。