聞いたことのある名前に、私はこの人を〝怖い人〟だとは思わなかった。あんなにも優しい桜木さんの知っている人ならば危険な人ではないと思ったから。
それに、その人が言う『本当の理由』というのが知りたくてたまらなかった。
本当の理由ということは、桜木さんが嘘をついているって言うことなのだうか?
お母さんはちょうどお風呂に入っていて、伝えることができないから。
私は自分の部屋にあった新しいルーズリーフの紙に〝ふじさわなつきという人と、会ってきます。すぐにもどります〟と置き手紙をして、外へ出た。
マンションから離れるのか、エレベーターの『↓』のボタンを押した、派手な見た目の彼。
「どこに行くのですか?」
そう聞いても「適当」と答える。
エレベーターからおりて、私よりも前を歩く彼は、桜木さんと違って私と手を繋ぐことはなかった。
昼間よりも、夜道は涼しかった。
「私のこと、あなたは知っているのですか…」
「知ってる」
「あなたは、桜木さんお知り合いですか…」
「ああ…、今日の昼間、家に来て散々だったわ」
昼間……。
桜木さんは、私と別れたあと、この人に会いに行ったらしい。
「…話って、…」
「もうちょいしたら教える」
もう少ししたら。
そう言った彼がしばらく歩く。私はその後について行く。私はどれぐらい歩くのだろうと、考えていた。
置き手紙はしたものの、すぐにもどると書いた私は、お母さんに心配されるのではないかと思った。
ついたのは、とある、学校だった。
校門のそばにある名前を見る限り、ここは小学校らしく。夜の時間、もう誰もいなく、肩くらいの門はもう閉まっていて。
何をしているのか、ここで何をするつもりなのか、軽々とその門を跨ぎ敷地内に入った彼に唖然としていると、
「来い」
と、私の方に手を伸ばしてきた。
「…はいっても、いいのですか」
「卒業生だし問題ねぇ」
卒業生?
というか、そういう問題じゃないと思うけど。
戸惑っていると、「早く」と少し怒った顔つきに変わり、焦った私は、躊躇いがちに門の、足をところに足を引っ掛けた。
それでも彼みたいに上手く登れず、アタフタしていると、面倒くさそうにため息をついた彼が腕を伸ばした。
「どんくせぇな」
そう言われても…。



