穏やかな雰囲気で話しているつもりなのだろうが、女からは憎悪に近い感情が時折こちらに向けられてくる。
「今日こうして見ている夕日も、波の音も、紅に染まる空の色も、もう二度と手放さないわ。どんなことをしても…必ず」
うっすらと口元を歪めて笑う女は、狂気を含んでいる。
しかし、その激しいくらいの感情を押し殺すように微笑む女は、とても美しかった。

赤い色が良く似合う。

つっと、背中に冷たい汗が流れた。

胸騒ぎは止まない。
不安に揺れる視界をどうにか誤魔化して、ゆっくりと女に返した。
「それはこちらの台詞だよ。約束は、必ず守ってもらう」
「あら?忠告されてるのかしら」
「警告さ。俺たちも、約束を違える者は誰であろうと許さない。例え仲間であっても」
同じような言葉を返して、正面から女を見据える。
二人の視線が正面からぶつかり合った。

先に視線をはずしたのはこちら。
「まぁ、君は約束を破ったりなどしないだろうけど…ね」
いつものようにのんびりと呟いて、大きな欠伸を一つ吐く。
女もふっと鼻で笑った後、当たり前だわっと答えた。
「約束を守らなければ、私の望むモノは手に入らない。そうじゃないかしら?」
ゆっくりと窓辺から立ち上がって、くっと喉の奥で小さく笑った。
「久しぶりに貴方なんかと長話をしたから、なんだか疲れたわ」
「そ?それは悪いことをしたね」
こちらが鼻で笑ってそう言うと、女は軽く手をあげて歩き出す。
「おやすみ」
ぼそりとそう呟いた女の後ろ姿が、押し迫る宵の影の中に消えていった。

太陽は程なくして完全に沈み、赤色の世界は消え、かわりに黒の世界が訪れる。

穏やかで静かな夜の闇。

視界から赤い色が消えたことに安堵のため息が、思わず唇からこぼれた。
窓の外に広がる景色を眺め、すっと目を細める。

空には青白く輝く三日月

その神秘的な輝きに、遠い日の美しい一人の女性を思い出して、胸が小さく痛んだ。