「気に入っていただけましたか?」


 その時、背後から唐突に声が掛けられた。レイだ。尋ねている癖に、彼の瞳は確信に満ちている。


「もちろん」


 ヘレナがそう答えると、レイは至極満足そうに笑った。


「良かった。お嬢様に気に入っていただけなかったら、何の意味もありませんから」


 そう言ってレイは、閉じられていたカーテンを開ける。部屋が途端に鮮やかなオレンジ色に染まった。馬車に揺られ過ぎて時間の感覚がすっかり無くなっていたが、もうすぐ日没の時間らしい。


「こちらがお嬢様のお部屋です。どうぞ、このままお寛ぎください」


 ヘレナを部屋の中へ誘いながら、レイはそんなことを口にする。広々とした部屋の中に足を踏み入れつつ、ヘレナはそっと目を伏せた。


(レイが来てくれて本当に良かった)


 縁もゆかりもない隣国に追放されたヘレナにとって、レイの存在は僥倖だった。
 何と言ってもヘレナは侯爵家のお嬢様だ。ヘレナの足では、今日中に人里に辿り着くことすらできなかっただろう。生まれてこの方野宿をしたことは無いし、あまり長い距離を歩いたことも無い。
 そんな中、雨風を凌げるどころか、自分好みのお屋敷まで用意されていたのだ。レイには本当に、感謝してもしきれない。


(だけど)


 ヘレナには色々と気がかりなことがあった。