「レイはカルロス殿下の噂を知っているか?」


 席に着くなり、侯爵は単刀直入にそう切り出した。
 カルロス殿下とは、ヘレナ様の婚約者だ。この国の王太子で、御年十七歳。来年の春、ヘレナ様との成婚を控えている。慎重で物腰の柔らかい父親とは違い、独断専行型。元々あまり良い噂を聞かない方だが、最近は特にその傾向が強い。


「カルロス殿下がどこぞの伯爵令嬢に入れあげた上、お嬢様を蔑ろにしているというお話ですか?」

「――――――そう、それだ。ヘレナという婚約者がありながら、愚かすぎるだろう! 腹立たしい。
やっぱりヘレナも気にしているだろうか? おまえ、どう思う?」


 マクレガー侯爵は眉間に皺を寄せ、グッとこちらに顔を近づけた。ワインはまだ一口しか飲んでいないのに、既に酔っているらしい。苦笑しつつ、私はクイっとグラスを呷った。


「私が見る限り、今のところお嬢様はあまり気にしていらっしゃらないようです」


 答えつつ、私はそっと目を伏せる。
 この十年間で、ヘレナ様は見違えるほどに美しく成長なさった。いや、女性らしくなったという表現が正しいのかもしれない。薔薇色の頬もふっくらとした唇も、柔らかな曲線を描く身体も、本人にはその自覚がないようだが男たちを惹きつけて止まない。


(愚かなカルロス殿下を除いて)


 考えながら、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。私は大きく深呼吸をしつつ、そっと侯爵の表情を覗った。彼は唇を尖らせつつ、チビチビとワインを飲み続けている。頬が信じられないほど真っ赤に染まっていた。