「レイ、大丈夫? 重たくない?」


 背後から恥ずかしそうなヘレナ様の声が聞こえる。私はクスクス笑いながら、小さく首を横に振った。


「平気です。寧ろ軽すぎるぐらいですよ」


 ゆっくりと、ヘレナ様をおぶって私は歩く。
 長時間井戸の中に居たせいで、ヘレナ様の身体はすっかり凍えていた。馬車を呼んでくると提案をしたものの、『一人にはなりたくない』とヘレナ様が仰るので、こうしておぶって帰っている。


「レイは背が高いから良いわね。色んなものがよく見えるわ。少しだけ怖いけど」


 そう言ってヘレナ様はクスリと笑う。私はヘレナ様を大事に抱えなおしつつ、そっと彼女を見遣った。


「ご安心ください。怖いこと等何もありはしません。私の命に代えてお嬢様をお守りしますから」

「高い場所が怖いってだけよ。レイのことは信頼しているわ。
…………あのね、井戸の中から出られなくなっちゃった時、わたし怖かったけど怖くなかったの。何でかは分からないけど、レイが絶対迎えに来てくれるって思ったから」


 そう言って、ヘレナ様が微かに微笑む気配がする。やがて彼女の吐息は段々と規則的になっていき、穏やかな寝息へと変わっていった。背中越しにヘレナ様の温もりと、心臓の音を感じる。ひどく穏やかで幸せな気分だった。


(私はヘレナ様が自分らしくあれる場所――――甘えられる人になっていきたい)


 ヘレナ様は私を望んでくれた。側に居て欲しいと言ってくださった。そのことがあまりにも有難く、光栄だと思う。


(ヘレナ様の居らっしゃる場所が、私の居場所)


 これから先、どんなことがあってもそれは変わらない。私の全てで、彼女を守っていく。ヘレナ様が何処へ行こうと、彼女を迎えに行くのは私でありたいと思う。


「何処までもお供しますよ、お嬢様」


 そう言って私は、一人静かに微笑むのだった。