「お怪我は?」

「したけど……自分で治したから大丈夫」

「――――――傷は治せたかもしれませんが、痛かったのでしょう? 私の前で強がる必要はありませんよ」


 言えば、ヘレナ様は堪えきれなくなったらしく、小さく嗚咽を漏らした。どこまでも意地らしく、愛らしい。
 私はというと、ヘレナ様を抱き返すでも、頭を撫でるでもなく、その場に静かに佇んでいる。幼い女の子の泣き止ませ方など、この時の私にはちっとも分からなかった。


(聖女様は王太子殿下の婚約者でいらっしゃるから)


 過度なスキンシップは控えなければならない。とはいえ、ヘレナ様を突き放すことも当然できない。慰めなければとヘレナ様の背にそっと手を回した瞬間、何処からともなく「ミィ」とか細い声が聞こえてきた。


「――――あっ、いけない! 苦しい思いをさせてしまったわね」


 そう言ってヘレナ様は私からそっと距離を取る。何故だかひどく残念な想いに駆られつつヘレナ様を見遣れば、懐からひょこりと仔猫が顔を出した。


「……もしかして、この子を助けるために?」


 尋ねれば、ヘレナ様はコクリとバツが悪そうに頷く。ヘレナ様は仔猫の頭を撫でながら、そっと私を見上げた。


「神殿に行く途中にね、この子が井戸に落ちるのが見えたの。自力で這い上がって来れるかなぁって思ったんだけど、お祈りが終わって見に来てみたら、やっぱり自分じゃ上れなかったみたいで。助けるために降りてみたものの、思ったよりもずっと深くて。色々と試してみたんだけど……」


 そう言ってヘレナ様は悲し気な表情を浮かべる。何度も何度も「ごめんなさい」と口にして、瞳いっぱいに涙を溜める。


(周りの大人を頼れば良かったのに)


 彼女には数人の従者が付いていた。井戸の近辺にだって、探せば大人はいた筈だ。けれど、ヘレナ様はどうしても彼等を頼ることができなかったのだろう。

 幼い頃から大人であることを求められると、人に甘えることが下手糞になる。何でも自分でやらなければならない気がして、上手く頼れなくなってしまうのだ。


(人に頼られる立場にある聖女様は、自分から誰かを頼ることが出来ない)


 けれど、彼女はまだたった七歳の少女だ。誰かに甘えたいだろう。頼りたいだろう。無理にしっかりしていなくても良い――――ありのままのヘレナ様で居られる、そんな場所が必要なはずだ。