「見て、聖女様よ! なんて可愛らしいお嬢様なのかしら」


 参拝者の一人が小声でそう口にするのが聞こえた。思わず女性の視線の先を追った私は、次の瞬間小さく息を呑んだ。

 一人の少女に向かって、太陽の光がまるで祝福の如く降り注ぐ。少女は幸せそうに微笑みながら、神に向かって一心に祈りを捧げていた。星色の髪、神に愛されたような美しい顔。幼き日のヘレナ様だ。
 あの時の衝撃は今でも忘れられない。ヘレナ様を見ているだけで涙が浮かんでくる。そこだけ時が止まってしまったかのように私には感じられた。


「しっ! お祈りの邪魔しちゃ悪いわ。……でも、本当に素敵な方ね。あの年で毎日お祈りを捧げていらっしゃるんでしょう? 聞けば、最近王太子の婚約者に内定したとか」
「まぁ……! これでこの国も安泰ね」


 そんな会話が耳に届く。その間ずっと、私は完全にヘレナ様に魅入られていた。
 こんな風に胸が高鳴るのは初めてだった。足りなかった己の一部が見つかったかのような充足感。縋りつきたくなるような衝動。胸を搔きむしりたくなるような切なさに襲われ、私は大きく息を吸う。
 どのぐらいそうしていただろう。ヘレナ様はゆっくりと立ち上がった。気づけばすっかり陽が落ちて、神殿はオレンジ色の光に包まれている。参拝者たちも皆、足早へ家へと帰る所だった。


(私も行かなければ)


 そんなことを考えながら、踵を返したその時、「こんにちは、お兄さん」と背後から可愛らしい声が響いた。心臓がトクンと高鳴る。振り返れば、そこには予想通りの人物――――ヘレナ様がいた。