そう言ってカルロスは剣の柄に手を掛ける。けれど、それよりも前に、彼の首筋に冷やりとした感触が触れた。尖った剣先だった。カルロスが一ミリでも動けば、皮膚が破れ、血が噴き出す。ピタリと迷いなく押し当てられた剣の先を、カルロスは眉間に皺を寄せて見遣った。


「ヘレナ様には指一本、手出しはさせません」


 凄みの利いた表情で、レイがそう口にする。ニックも一緒だ。ヘレナはホッとため息を吐いた。


「貴様! 俺を誰だと思っている!? こんなことをして、タダで済むと……」

「しかと存じ上げておりますよ。隣国の王太子、カルロス殿下でしょう? どこぞの女と浮気した上、無実の罪をでっち上げてヘレナ様との婚約を破棄、国外へ追放した、超がつく愚か者でいらっしゃいます。もうすぐ元、王太子になられるとか――――――」


「ふっ……ふざけるな! この俺を愚弄するとは――――――」


 そう言ってカルロスはスッと身を引き、レイに向かって剣を振り下ろす。


「レイ!」


 ヘレナが叫んだその瞬間、空に一筋の稲妻が走り、大きな雷鳴が轟いた。目が開けていられないような真っ白な光に包まれ、全員が思わず目を伏せる。ようやく明滅が収まり恐る恐る目を開けると、カルロスが地面に突っ伏していた。すぐにヘレナが駆け寄り脈を計る――――どうやら気を失っているだけらしい。


「良かった! 生きてはいるみたいです。でも、急いで治療をしないと――――」

「いえ、その人はもう、放っておいて良いと思います」


 そう口にしたのはカルロス側の騎士だった。レイも含め、皆がしみじみと頷いている。
 結局、その場に異を唱える者は誰もおらず、しばらくの間、カルロスは一人地面に横たわっていたのだった。