その日の夜分、ヘレナはレイと共に馬車の座席に座っていた。御者はおらず、馬車は静かに停まったままだ。闇夜に溶け込むようにして、二人は手を繋いでいる。遠くから街の喧騒が聞こえてきた。


「……わたし、知らなかったの。自分が居なくなることで、国が大変なことになるなんて…………」


 ヘレナの手は震えていた。レイは小さく首を横に振ると、そっとヘレナを抱き寄せる。


「ヘレナ様のせいではありません。全ては愚かなカルロスが悪いのです。
そもそも、聖女が生まれたのは数百年ぶりのことでしょう? 常に存在するわけでも無いのですから、ヘレナ様が居なくなったこと自体が悪いわけではありません。恐らくは、ヘレナ様を不当に追い出したことが、神の怒りに触れたのだと思います」

「…………うん、そうかもしれないけど」


 目を瞑れば、困ったり苦しんでいる人々の顔が目に浮かぶ。ヘレナはその間、レイに守られ、何不自由ない幸せな生活を送っていたのだ。どうしても申し訳なさを感じてしまう。


「本当に国に戻るおつもりですか? あの馬鹿の手柄にしてしまって、後悔しませんか?」


 ヘレナ達は今、カルロスが現れるのを待っている。自主的に戻るのではなく、彼がヘレナを連れ帰ったという実績を作ってやるためだ。レイは相当渋ったが、ヘレナが説得した。カルロスに今後、侵略や変な行動を起こさせないためだ。


「だって、困っている人々を放ってはおけないもの。この国の人々にも迷惑を掛けてはいけないし」

「けれど……」