「レイ……?」


 ヘレナが尋ねれば、男はゆっくりと顔を上げた。エメラルドのような美しい色合いの瞳が揺れ、形の良い唇が弧を描く。彫りが深く、絶世の美女と見紛うほどに美しい顔立ち。陶器のように白く滑らかな肌には、漆黒の髪がよく映える。彼の右目は長い前髪に隠れて見えないが、それがミステリアスな彼の印象に良く似合っていた。


「はい、お嬢様。あなたのレイでございます」


 そう言ってレイは穏やかに微笑んだ。ヘレナは目を見開き、その場に呆然と立ち尽くす。


「なんで? どうしてレイがここにいるの?」


 言いながら、ヘレナは戸惑いを隠せない。
 彼女が追放されたのは、ほんの二日前のこと。その間ヘレナは休みなく馬車に揺られ、ようやくここまで辿り着いたのだ。ヘレナの国外追放が侯爵家の面々に伝えられたにしても、レイが先回りしているのは物理的におかしい。


「当然、お嬢様をお迎えに上がるためでございます」


 レイはそう言ってヘレナを馬車へとエスコートした。質問の意図から外れているが、こういう時の彼が多くを語ることは無い。ヘレナは小さく息を吐き、促されるまま馬車へと乗り込む。やがてゆっくりとヘレナを乗せた馬車が動き始めた。


(レイはわたしを迎えに来たって言ったけれど)


 ヘレナには当然、行く当てが無かった。隣国に縁者はおらず、財産を持ち出すだけの時間も与えられていない。身に着けている宝飾品を売れば幾らか金にはなろうが、生きて行くに十分な金額とは思えなかった。


(住む所も無ければ着るものも、食べるものも無いというのに)


 レイは一体何処に向かっているのだろう。ぼんやりと車窓を眺めつつ、ヘレナはそんなことを考える。
 二人を乗せた馬車は、流れるように道を走り続けた。自然豊かな土地を抜け、やがて家々の立ち並んだ小さな町へと辿り着く。レイは町の郊外に位置する大きな屋敷の前で、ゆっくりと馬車を停めた。