(ここが隣国との国境なのね……)


 自身をここまで運んできた馬車を見送りながら、ヘレナはそんなことを考える。家へ戻ることは許されなかった。王宮からそのまま馬車に乗せられて今に至る。
 辺りには人っ子一人見当たらず、民家や砦といったものも見当たらない。ちっとも整備されていない獣道に、木々が鬱蒼と生い茂っている。本当にここは国境なのだろうか――――そう疑いたくなる有様だった。


(こうしていても仕方がありません)


 ヘレナはゆっくりと、前に向かって歩き始める。すると、何処からともなく光が射し込み、道なき道を照らし出した。光はずっと先の方――――出口の方まで続いている。ヘレナは大きく息を吸うと、光の指し示す方へと向かう。
 どのぐらい歩いただろうか。ヘレナは迷うことなく獣道を抜けた。眩い光がヘレナを優しく包み込む。


「お待ちしておりました、お嬢様」


 けれどその瞬間、ヘレナは自分の目を疑った。
 目の前には恭しく頭を垂れた男性が一人、黒い燕尾服をきっちりと着こなして上品に佇んでいる。彼の後ろには見慣れた馬車が一台停まっていた。