「下手に名前を呼んだりしたら、気持ちを抑えられなくなるでしょう?
ヘレナ様はマイペースなタイプでいらっしゃいますし、いきなり私の気持ちを伝えても、困らせてしまうだけです。環境も状況も随分変わりましたしね。ですからヘレナ様には、私とヘレナ様ご自身の気持ちに、ゆっくり向き合っていただこうと思いまして――――」

「ゆっくり、でこれ?」


 言いながらヘレナは笑い声を上げる。カルロスから婚約を破棄されて、まだたったの一ヶ月だ。元々気持ちはあったのだから、早すぎるとまでは言えないのかもしれないものの、ゆっくりとは言い難いのではないだろうか――――そう思っていると、レイは首を横に振った。


「私は十年以上叶わぬ恋をしていたのです。ヘレナ様に想いを告げられる状況になって一ヶ月……十分お待ちした方だと思います」


 至極真面目な表情でレイがそう言う。何だかその様子が可笑しくて、ヘレナはまた声を上げて笑った。そんなヘレナの笑顔を、レイは眩しそうに見つめている。もう一度ヘレナの頬へと手を伸ばしたその時、


「レイモンド様?」


と、見知らぬ男性の声が聞こえた。振り返ると、そこにはフワフワした赤毛に女性のような大きな瞳が特徴的な、可愛らしい顔立ちの男性が立っている。身に纏っているのは白を基調とした騎士装束で、国の紋章が入っているため、国家直属の騎士なのだろう。男性は目を丸くし、レイのことを真っ直ぐに見つめている。


(レイモンド、様?)


 ヘレナは首を傾げつつ、自身を抱き締めるレイのことをそっと見上げた。