「私は――――あなたと殿下が婚約していることを思うと、いつだって胸が張り裂けそうな心地がしました」


 そう言ってレイは、ヘレナの頬を手のひらで包み込む。切なげに歪められた眉根に、熱い眼差し。見ているだけでこちらが火傷を負ってしまいそうな表情に、ヘレナはそっと目を逸らす。


「ヘレナ様」


 レイは再び、ヘレナの名前を呼んだ。さっきから彼は、ヘレナのことを一度も『お嬢様』と呼んでいない。


(レイの本心――――)


 ヘレナはゆっくりと、これまでのやり取りを反芻する。やがて躊躇いながら、口を開いた。


「レイは本当に『自分はわたしのもの』だって思っているの? ……それで本当に良いの?」

「もちろん。あなたに出会ったあの日から、私の心も身体も全て、ヘレナ様だけのものです」


 レイの唇がヘレナの額に優しく触れる。ヘレナの心に灯った炎が、チリチリと胸を焦がした。


「先程、ヘレナ様に『レイはわたしのもの』と言っていただけて、私は嬉しかった。あなたに私を想う気持ちが――――独り占めしたいという想いがあると知ったからです。それは否定されてしまうような想いなのですか? 私の自惚れ――――勘違いなのでしょうか?
もう一度お聞きします。ヘレナ様は、私が他の女性と結婚して平気ですか?」


 レイの言葉に、ヘレナは唇を固く引き結ぶ。けれど先程までとは異なり、ヘレナはゆっくりと大きく首を横に振った。


「いや、なんですね?」


 確かめるようにそう口にして、レイは穏やかに目を細める。


「嫌だけど――――」

「……だけど?」

「レイはそんな風に思われて嫌じゃない? こんな醜い――――聖女にあるまじき考えを持っているわたしを、嫌いにならない?」


 瞳に涙をいっぱい溜めて、ヘレナは尋ねる。


「――――では逆にお聞きしますが、ヘレナ様は私があなたの元婚約者に強い嫉妬心を覚えていたと知って、幻滅しましたか?」


 ヘレナはすぐに首を横に振る。嫉妬心という言葉に、心が敏感に反応をしてしまう。


(寧ろ嬉しい……)


 決して口には出せないけれど、そんなことを考えてしまう。