「どうして泣いていらっしゃるんですか?」


 歩みを止めないまま、レイが尋ねる。心臓を直接撫でられたかのように、ヘレナの胸が騒めく。


「わたしが……どうしようもない人間だから」


 やっとの思いでそう口にし、ヘレナは眉間に皺を寄せる。


「ごめんね、レイ。折角良い縁談が舞い込むかもしれなかったのに」


 言いながら、喉のあたりが焼けるように痛んだ。レイは目を丸くして、その場にゆっくりと立ち止まる。躊躇いつつ、ヘレナはそっとレイのことを見上げた。


「わたしがあんなこと言ったら、レイはああ答えるしかないもの。少し考えたら分かる話なのに……本当にごめんなさい。もしもレイの結婚が遠のいちゃったら、わたしのせいね」


 言葉とは裏腹に、何処かホッとした気持ちの自分がいることにヘレナは気がつく。
 どんなに否定してみたところで、ヘレナはレイが結婚することが嫌だった。自分とは別に、特別な人ができることが嫌だった。そのことを改めて思い知る。


(もしもわたしが、国を追われていなかったら――――侯爵家の娘のままだったら――――――)


 もっと素直に『側に居て欲しい』とレイに伝えられただろうか。主従関係という二人を繋ぐ糸が存在していたのだから、今よりずっと簡単なように思える。

 けれど、もしもヘレナが国を追われていなかったら、レイと共に生きることは出来なかっただろう。ヘレナは聖女であり、王太子カルロスの婚約者だった。侍女と違って、執事のレイを城に連れていくことは難しい。