「レイ」


 彼の袖を後からギュッと掴み、ヘレナがレイの名前を呼ぶ。何故だろう。涙が零れ落ちそうだった。


(これ以上見たくない、聞きたくない)


 レイが他の女の子達と話している所を。
 ヘレナ以外の誰かを選ぶ所を。
 結婚し、その女性を大切にしている所を。


(嫌――――そんなの、嫌)


 胸が張り裂けそうな心地で、ヘレナがレイを見上げる。


「ヘレナ様」



 その時、ゆっくりとレイが振り返った。彼はヘレナの手に己の手のひらを重ね、とても穏やかに目を細める。先程まで痛くて堪らなかったヘレナの胸が、今度は甘く疼きだす。目頭が一気に熱くなり、堪えきれそうにない。ヘレナはそっと顔を逸らした。


「お話し中にごめんなさい。……そろそろ行かないとだから」

「いえ。私の方こそ、お待たせして申し訳ございません」


 そう言ってレイは、指を絡めるようにして手を繋ぐ。二人の手のひらがピタリと密着して、ヘレナの心臓がまた大きく跳ねた。


「あっ、レイさんの――――新しくできたあの大きなお屋敷のお嬢様なんですよね?」


 少女の一人がそう言って、ヘレナの前に立ちふさがる。次いで別の子らもヘレナの前へ移動し、ニコニコと笑みを浮かべた。


「レイさんにはいつもお世話になってますっ」
「丁度良いところにいらっしゃいました! 私を侍女として雇っていただけませんか? 少しでもレイさんにお近づきになりたいんです! 是非一度、ゆっくり面接を――――――」

「レイはわたしのだから」


 気づけばヘレナの唇は勝手に動いていた。自分の声――言葉を聞きながら、ヘレナは目を丸くする。


(わたし……なにを言っているの?)


 頬が真っ赤に染まり、その場から逃げ出そうと足が動く。けれど、レイがそれを許さなかった。ヘレナの手を固く握り、そのままグイッと抱き寄せる。


「お聞きいただいた通りです――――私はヘレナ様だけのものですから」


 そう言ってレイは至極満足気に笑うと、ヘレナの手を引きその場を後にした。