ヘレナは侍女用のお仕着せを身に纏い、グッと腕まくりをする。
 場所は玄関ホール。金属製のバケツに水を張り、手にはモップを準備した。手ぬぐいを腕に巻き付け、気合は十分である。


「本気でやる気ですか?」


 困ったような笑みを浮かべ、レイが尋ねる。あの後も、再三引き止めにあったが、ヘレナの意思は固かった。


「もちろん。だって、お妃教育はこなせるのに、掃除ができないなんて変な話でしょう? 
それに、教会でお祈りの次に大事なお仕事は掃除だって聞いたもの。聖女のわたしが掃除をしたことすらないなんて、おかしいと思うわ」


 よいしょ、とバケツからモップを取り出し、ヘレナは微笑む。すると、モップから水滴が滴り、床に小さな水たまりが出来た。あぁーー……と唸りつつ、レイは一から掃除の手順を教えてやる。


「そうです。水は固く絞ってください。滑って転ぶと危ないですから」

「そっか……そうよね。うん」


 相槌を打ちながら、ヘレナはメモを取っていく。まだ何も始まっていないというのに、既に額に汗が滲んでいた。レイはハンカチでそれを拭ってやりつつ、眩し気に目を細める。


「それからお嬢様――――」
「待って、レイ」


 ヘレナはレイのレクチャーを遮りつつ、そっと顔を覗き込む。


「……如何しましたか?」

「あのね……今のわたしは侍女の格好をしているし、お掃除をしているじゃない? だから今は『お嬢様』って呼ばれるのは嫌だなぁと思って」


 そう言ってヘレナは悪戯っぽく笑う。