(なんで……なんでドキドキしているの? 相手はあのレイなのに)


 心の中で叫びつつ、ヘレナはそっと目を伏せる。

 レイはヘレナにとって、実の兄よりも近しい存在だった。侯爵家の令嬢として必要な知識も、礼儀作法も、ダンスや社交術を教えてくれたのもレイだった。彼が事前に色んなことを教えてくれたおかげで、厳しいと噂の妃教育もちっとも苦に感じ無かった。寧ろ容易に思えるほどだった。

 そんな彼に、ヘレナは山ほど恥ずかしい場面を見せている。転んで泣き叫んでいる姿も、上手くいかずに思い悩んでいる所もバッチリ見られたし、我儘を言って困らせたこともあった。その度にレイはヘレナの手を取り、優しく導いてくれる。跪かれるなんて日常茶飯事だった。今更ドキドキする理由なんて、一つもないというのに――――。


「お嬢様? 如何なさいましたか?」


 そう言ってレイは、ヘレナの顔を覗き込む。
 神の造形と呼ぶべき、美しく整ったレイの顔が至近距離に迫る。眼福――――そんな称賛の言葉がピッタリな美しさだった。平凡な容姿の王太子カルロスより、レイの方が余程王子らしい。彼が王子になれば、国中の乙女が熱狂するだろうとヘレナは思った。