「もしかして…たっくんの初カノジョだったりするかもなっ!」
芹香はお得意の完全スルーで紗夜の言葉をすべて遮断して、平然と嬉しそうにはしゃいでみせる。
彼女の悪い癖にもずいぶんと慣れた紗夜は、露骨に不味そうな表情を浮かべると、長い髪が乱れんばかりに首をぶるぶると振って否定した。
「えー、ちゃうかなぁ…。あ、なんか今、さーやのいい匂いしたわ。ぶるぶるってしたから」
「芹香…そういうのほんと、オジサンっぽいよ」
「あはは。じゃあなんやろな?なんとなくやけど、夜の商売っぽい感じもせーへんか?」
あっけらかんとした顔で、不意にこぼれた芹香の言葉。
彼女が言いたいのはきっと「源氏名」と呼ばれるものだろう。
――源氏名みたいで可愛いね。
確かに紗夜は、自分でもなかなかに可愛らしい名前だという自覚が密かにあった。
そんな響きの綺麗さを褒められたのなら、素直に嬉しいような気もする。
ただ相手が芹香というだけあって、何となく面白がってるだけのような気がしなくもない。
しかもあの父親のことだから、その可能性だって充分にあり得る。
なんせアイツには「ミサキちゃん」という、拭いきれない完全な前科がある。
それよりも紗夜は、ミサキちゃんの一件を知るはずのない芹香が「源氏名みたい」と、もはや核心に迫る勢いの推理を繰り広げてきたことに、驚きと少しの恐怖を感じていた。
そのせいもあって、結果として紗夜は「そだね…」と苦笑いを芹香に返してやるのが精一杯だった。