じゃあまずは、紗夜の名前の話をする前に、まずはお前の母さんの話を少しだけするか。
「…え?お…母さん?」
…ああ。
てか、名前の話するならまずはそれ知らないと、そもそも話になんねーからな。
「なあなあ。さっきたっくんが言うてた「美月」って人が、紗夜のママなんやろ?」
…ああ、美月。
館林美月。
てか…ママって。水城は家でも母親のこと「ママ」って呼んでんのか?
「そうや。だってママはママやもん。なんかおかしいんか?」
いや、別におかしくねーけど。水城なら可愛いから、なにしたって不思議と何でも似合うからな。
「そうやろっ」
「…ちょっと、キモいんだけど?てか、いっつも思うんだけど、芹香にだけやたら甘くない?」
「なんや、さーや。嫉妬か?」
まぁ「ママ」って言っても今のお前らより年下の時にこいつを産んで、それで母親になろうとしたんだから、ほんと大した奴だと思うよ。
でな、これがまた全然名前負けしてねぇ、肌も餅みたいに白くて可愛くてな。
いやいや水城、そんなに笑うなよ…。
ん…まぁ、でもな。
たぶん水城も知ってると思うけど、美月は紗夜を産んですぐに亡くなったんだよ。
美月自身、あまり過酷な出産に挑めるような体力もなかったし、体格にも恵まれてなかったそうだ。
出産する前から、かなり母体に負担のある出産になるかも知れない、って医者にも言われてたんだ。
それでも美月は「絶対に産む」って聞かなかった。
陣痛が始まって、分娩室に運ばれた美月。
んで俺は、二人が無事に戻ってくるのを、待合室でただひたすらに八時間も待った。
てか、八時間だぞ?長すぎだろ?
俺はそう思ったけど、よくよく考えてみればその長い時間、痛みと苦しみに耐えてたのは美月なんだよな。
かくいう俺なんて、待合室にいてもどれくらい時間が経ったのかさえ忘れて、このまま二人が無事で帰ってこられるように祈り続けることしか出来なかった。
少しでも気を抜いたらなんか、最悪な結末が足音を消して近づいてくるような気がして、そのまま何かを…誰かを奪っていくんじゃないかって、バカみたいに一人でオロオロしてな。
まぁ俺だって、今まで生きてきた中でそんな経験があるわけでもなかったしな。
一緒にいた美月のお母さんも「出産はそんなに怖いものじゃない」「大丈夫だ」って、一人でテンパってる俺を優しく慰めてくれた。
そして、長い時間がようやく終わった。
結果、新しい命は無事に生まれ、美月とは永遠のお別れになった…ってわけよ。
―――お子さんは、無事に産まれることができました…。
まぁ、悔しかった。
心底、自分が憎らしかった。
ただ祈ってただけの俺は、他に何かできたんじゃないか?助けてやれることがあったんじゃないか?って思ってな。
まぁ、しょせん俺なんかには何もできないのを知ってるからこそ、余計に悔しかったんだと思う。
―――ただ、我々も手は尽くしましたが、お母さんのほうは…。