「なぁなぁ、たっくん」


芹香の声を聞きながら、大きなあくびをして、ごしごしと目をこする拓人。


「てか、たっくんって誰だよ」


「たっくんはたっくんやん。さっきさーやにも聞いた話なんやけど、さーやってなぁ、なんで紗夜って名前なん?」


「…はぁ?」


さすがは父と娘…と思えるほどその言葉の表情がそっくりで、芹香は思わず笑いそうになった。


「芹香…まだその話するの?」


芹香の向かい側に座る紗夜は、呆れた顔つきで言葉を溢した。


「ええやん。うち、知りたいんやもん。なぁ、たっくん?さーやの名前、どんな意味でつけたんや?」


「そう言われてもな…。意味ねぇ…。てか、そんなこと聞いてどうすんだ?」


「ん?ただ知りたいんよ。せやのに紗夜は知らん言うし…。そんならたっくんに聞くしかないやん」


確かに、順番としては合っている。


「そんなに聞きたいのか?」


にこりと頷く芹香。


「まぁ、別に減るもんじゃねぇし。俺は話してもいいんだけどよ…」


そう言ういながら拓人は、少しバツの悪そうな表情で紗夜を伺った。


「…え?なに?てかまさか、本当に飲み屋の女の子の名前とかなわけ?」


「いやいや、なんでだよ。そんな飲み屋の子の名前、そのまま自分の娘につける奴なんていねーだろ」


紗夜は小声で「いるし…」と呟いた。


「ただ、お前ですら知らないことをいくら水城につったって、話していいことと悪いことあるだろ?」


つまりそれは、ふと見せた、拓人なりの気遣いだった。


「ん…まぁ、確かに私も知らないけど。変な話じゃなきゃ何となく私も知りたいし、芹香にだったら別に教えてもいいよ」


変な話じゃなきゃね!と、怖い顔つきで再度念を押す紗夜。


「大丈夫だって。別におかしな話じゃねーよ。第一お前の名前つけたの、たぶん美月だからな」


美月。


聞き慣れない名前に、紗夜は一瞬息を飲み、芹香はだいたいの意味を理解し静かに二人の様子を伺っていた。


「お母さんが?…ってか「たぶん」ってどういうこと?」


訝しげな表情で拓人を覗いた紗夜は、手にしていたトランプを机に伏せ、少しだけ身をのりだした。


「まぁ、話せば少し長くなるんだけど。正直俺にもよくわかんねー、不思議な体験だったんだよな」


拓人は言葉を続ける。


「お前って実は、生まれた時から「さや」って名前だった、みたいな話だよ」