「…なぁ、さーや?」


「なんやねん?」


ガタガタと教科書をまとめ始めた紗夜は、忙しない手を少し緩め芹香を見つめた。


「さーやは今、幸せか?」


いつになく柔らかな表情で、紗夜を見つめ返す芹香。


「…えっ、なに急に?どういうこと?」


なんとなく憂いを秘めたその視線と、いつもとは違う彼女の静かな声が二人の間の空気を変え、どこか穏やかな秘密めいた雰囲気が広がる。


「あんな若いパパと二人だけの暮らしって、寂しゅないんかなぁ~思って」


うーん、と声もなく唸る表情の紗夜。


「どうなんだろ?アイツがああだし、意外と私も自由にやってるから、別に寂しくはないよ?」


「そうなんか?」


「うん…ってか、なに?芹香には私が幸せそうに見えてるわけ?」


芹香は躊躇いもせずに頷いた。


「うん。いっぱい笑っとる」


芹香の言葉を受けた紗夜は、さすがに困惑の表情を浮かべながら苦笑いした。


「いっぱい、って…。でもそれはたぶん、芹香と一緒だからそう見えるだけだと思うよ。それに自分が幸せか〜だなんて、今まで全然考えたこともないし」


紗夜はそのまま言葉を続ける。


「それにさぁ、それ言うんだったら芹香のほうが幸せじゃないの?頭は良いし、家はお金持ちだし。まぁ、ちょっとは可愛いし。ちょっとだよ?…これくらい」


その言葉とは裏腹に見せてくれた、指を摘まんで見せる嫌味な仕草と、得意げに浮かべる意地悪な笑顔。


「指、ほぼくっついとるやん…」


もしかしたら芹香は、そんな沙夜を見たくなかったのかも知れない。


だけどそれは、知っておかなければいけない、紗夜の本当の気持ち。


「ざんね〜ん、実はくっついてました〜。あははっ!」


紗夜の顔には、芹香の言う「素直で嘘のない親友」の、まるで幸せそうな笑顔が溢れていた。


そしてその光景は芹香の胸をチクリと少し痛ませ、いつまでも彼女の脳裏から離れてくれなかった。


「んー、てかさぁ。なんか今日の芹香、真面目すぎだよ?いつもの芹香っぽくないんだけど。大丈夫?」


「…うっさいわ、ハゲ」


「ハッ…ってか芹香。いっつも私にすぐハゲハゲ!って言うよね?こっちは心配してあげてるのに…」


芹香の理不尽な暴言を浴びて、露骨にふて腐れた態度をとる紗夜。


「あるし!いっぱい髪あるし!」


紗夜は暴言の理由すら分からず、釈明しながら首をまたぶるぶると振ってみせる。


そんな彼女を静かに見つめながら芹香は、自分が知りたかった何かを、なんとなく感じることができたような気がした。


(さーや、ほんまは幸せなんかな…)