「…まぁ、ともかくさ」
紗夜が芹香との雑談を切り上げるべく間を割った時、ちょうど予鈴のベルが教室に鳴り響いた。
「アイツはそんな真面目な人間じゃないし、ちゃんと考えて行動するようなタイプでもないよ」
紗夜の言葉に芹香は、何かを言いたげな悪戯めいた笑みを浮かべる。
「ふぅ〜ん」
この期に及んでもなお、何か含んでいるような芹香の声。
そんな彼女の態度に釈然としない紗夜は、悩ましげに頭を掻いた。
「んー…てかさぁ芹香。なんで急にそんなこと聞いてくるの?」
紗夜の問いかけに、とぼけたような可愛い顔を作ってみせた芹香。
「ん?なんでって、決まってるやん。ウチ、たっくんのこと好きやもん」
はぁぁ…と、今年一番であろう長く重いため息を零した紗夜。
「…あっそ。じゃあ、恋人にでも立候補すればええとちゃいますか~」
紗夜はたまにこうして、芹香の真似をして遊んでくる。
「へぇー、いいん?紗夜のママになってまうかもしれへんよ?」
「どうぞご自由に。たっぷりといびってやるさかい。ちゃぶ台ひっくり返したり、財布からお金抜き取ってやるさかい」
「あはは。紗夜が言うとなんか冗談に聞こえへんわ」
「…な、なんやと〜?ケンカ売っとんのかいな、おぉん?」
芹香の冗談めいた言葉に対して、紗夜がおかしな関西弁を得意げに返すと、二人はお互いの顔を見て思わず笑い合った。
そんな、いつもと何も変わらない光景。
いつもは、これで終わっていた。
芹香が笑い声を残しながらゆっくりと隣の席に戻った頃に、ちょうど教室へ先生がやってきて、そして何事もなく次の授業が始まる。
そうなるはずだった。
ところが今日に限って芹香は、紗夜の机に座ったまま自分の席に戻る様子を見せないでいる。
すると不意に、芹香の笑顔がしぼんだようにどこかへと消え、彼女は少し俯き気味に小さな声を溢し始めたのだった。