後期第1日、国際関係論は4限。久し振りに横山先生に会える。学部生ではないけれど大教室の一番後ろの席に潜り込むことにしよう。どんな顔で私を見るかしら。それとも無視されるかな。洋輔との同居を解消したことを告げなくては。今夜はレストランにでも連れてってもらおうか。イギリス土産は何かしら。
 3限の授業が終わってから真っ直ぐ次の教室へ向かった。4階まで一気に駆け上がる。始業のベルは鳴り終わったのに大教室には4人しか居なかった。
「休講ですか?」
 一番近くに座っていた男子に訊いた。そうみたいだね、と折角のイケメンが愛想悪く答えた。
 休講板を見て来なかった。先生は旅の疲れを癒しているんだろうか。そう言えば、帰国したとの連絡が無かったな。部屋に戻ったら先生の自宅に電話してみよう。
 明日の休講を確認するために掲示板に向かって歩いていると、人だかりが見えた。何か重要なことが掲示板に書かれているのかな。みんな休講だけは真面目に確認するのよね。
 その時、美紀に呼び止められた。
「あきぃ、知ってた? 横山先生ねぇ、亡くなったんだよー」
「え?!」
 一瞬にして血の気が引くのがわかった。突然喉がカラカラに渇き、水中に居るかのように耳がボーッと聞こえなくなった。目の前が白っぽくなり、声が出ない。
「オックスフォードに行ってたんだってぇ。夏休み前半で仕事が一段落したから中休みにインドに行ったら、そこで流行ってた変な熱病に罹っちゃったって。予防注射はしてったらしいんだけど。ショックだわ、私、後期の授業が終わったらレポート提出してAをもらうはずだったのにぃ」
 誘われていたオックスフォード。一緒に行ってたら私も死んでたかな。
「今、ゼミ生が話してたけど、納骨まで済んだって」
 私は愛人なので、私に相応しい悲しみ方しか出来ない。一学生として泣くことしか許されない。でも何故か涙が出ない。
「あきも先生に気に入られてたもんね。新しい先生、Aくれるかな。それとも前期だけで修了かな。どうする? お線香上げに行く?」
「行かないわ」
 その言葉をようやく搾り出して、私は歩き始めた。早く部屋に戻りたい。美紀は別の人を捕まえてまた同じことを話している。