9月に入ったばかりの新宿駅は相変わらずゴミゴミと人が流れている。人の波がまんべんなくホームから階段へ移動し、改札まで埋め尽くす。
 荷物を抱えた私はえっちらおっちら階段を上り、上り切ったところで一休みした。母が持たせてくれた故郷土産。重いけれど有難い。

 部屋に着いてすぐ宏に電話をした。呼び出し音1回で彼は出た。
 洋輔の荷物を移動するから来て、とだけ告げ、私はレンタカー屋へ向かった。
 レンタカー屋には泰彦が居た。え? バイト?
「なんだよ、秋子、車要るの?」
「うん、荷物運びがあって…」
「なら、俺の車使えよ。借りることはない」
「え、そうなの? ありがとう」
 助かった。
「後でお前んちに取りに行くよ」
 あー、宏と鉢合わせすることになっちゃうかー。下手すっと洋輔にも話が行ってしまう。ま、いっか。別れるんだから。
 泰彦は金持ちのお坊ちゃんだけど、決してそれをひけらかさない。労働による対価をしっかり得て、一般的な日常生活を送っている。卒業したら父親の会社を継ぐことになっていて、最初の赴任地は中東だと言ってたっけ。

 泰彦が車を取りに来た時、そこに宏の姿を見て酷く驚いていた。
 秋子の部屋から荷物を運び出した? どこへ? 誰の荷物? 宏はアメリカに居たはずだろ?と矢継ぎ早に質問していた。宏は1つずつ丁寧に返答していた。ようやく納得した泰彦は、卒業を目の前にして新しい動きをしようとする私を褒めてくれた。
「日本での就職が決まってなかったら中東に連れて行きたいくらいだよ」
 と泰彦が言うと、宏がすかさず、
「ダメダメ。秋子は俺のプロポーズをいとも簡単に断ったんだから」
 と言った。それにも泰彦は酷く驚いて、
「だったら俺も秋子にプロポーズする!」
 と言って笑った。幼稚園児かっ(笑)
 3人で夕飯を食べた。私が私の部屋で久し振りに楽しい夕餉のために料理をした。楽しく食事が出来るというのはなんて幸せなことだろうと再認識した。
「でさ、なんで洋輔に黙ってこんなことしなきゃならなくなったのか説明してくれないか」
 と泰彦が言った。
「あのね…」
 いざ話すとなると急に力が抜けた。きゅーんと鼻の奥が痛くなったと思うと、ポロリと涙がこぼれた。泰彦は私の頭を撫でた。
「洋輔のお守りに疲れたんだろ、お前」
 と泰彦が言った。
 ほんと、その通り。好きよ好きよで済んだ期間を過ぎると、女は男のお守り役。気が付くと何1つとして築き上げた物が無かった。
「俺さ、お前が洋輔と暮らし始めたのを知って、ほんとは驚いたんだぜ。だけどさ、待っていようと思ったんだ。青春の1コマだろうって。こうなったのはお前が悪いわけでも洋輔が悪いわけでもないよ」
 2人とも私を責めない。
「洋輔には俺が話すよ。会いたくないだろう?」
 と泰彦。
 特定の彼女を作らないライトな泰彦。アメリカナイズされた宏。洋輔はどちらとも違う。