洋輔から逃げるように帰省した私は、毎年バイトをしているブティックの店長に、早めにバイトを開始したいと頼み込んで、夏休みの間働くことにした。
 横山先生とのオックスフォード行きは断った。実家から教授室に電話を入れた際、情けなくて涙が出て来た。行くと返事をしたかった。先生も残念がってくれた。こんなチャンスはもう二度と無いだろう。

 バイトの後は高校時代のボーイフレンド達と飲み歩いた。
 私の両親は洋輔と私の関係を知らない。誰にも話していない。頭の片隅に大学時代だけの関係で終わるという意識があったのかも。

「何バカなこと言ってんのよ、こんな田舎まで来て」
「真面目に聞けよ、本気なんだから」
 アメリカへ留学していたはずの宏が、今、目の前に居て、訳の分からないことを口走っている。
 宏は大学を1年でやめて、なんのあても無く西海岸へ飛んだ。住む場所をみつけ、州立大学へ紛れ込み、アルバイトもみつけた。そうして誰も宏の消息を知らないまま3年が過ぎようとしている。ところが突然私を訪ねて来た。
「卒業したら俺と結婚しないか」
 と、開口一番。宏は私が洋輔と一緒に住んでいることを知らない。
「向こうで良い仕事をみつけたし、住んでるとこのコミュニティも良い。一緒にアメリカで暮らそうよ。日本なんてイヤだってお前言ってたろ」
 1年生の時アメリカ行きたいね、と話が合った数人でグループが出来た。その中で宏と私は一番仲が良かった。クラスメイトとして。
 いつから宏が私に対してそんな気持ちを抱くようになったのか、私にはまるで見当がつかない。それに、3年も離れていて至った結論が私との結婚だなんて、馬鹿馬鹿しくてまともに受け止める気になれない。宏は、私のことだからイエスかノーかすぐに結論が出ると思っている。だからその場で返事をすることにした。
「ノーよ。日本での就職が決まったし、今の段階で海外に行く気にはなれない。ましてや結婚だなんて、急過ぎ」
 宏は頷いた。彼は私の今日の返答を最終的な結論だと思ってはいない。そういう奴だ。
「私ね、今、洋輔と一緒に住んでるの。半同棲。でも、別れたくて」
「俺との結婚が無理なのは洋輔と結婚するからじゃないんだね」
「違う。洋輔にはまだ話してないけど、後期に入る前に別れの準備を進める予定」
「手伝うよ」
「ありがとう。助かるわ」