「男の人から手紙が来てるよ。大学の封筒使ってる。聞いたことのある名前だけど誰だ?」
 内容なんか気にしていない素振りで、洋輔は私に手紙を手渡した。
「横山蓮…あら、国際関係論の教授。何だろ」
 名前を見てギョッとした。先生がどうして私に手紙なんか。しかも大学の封筒で。洋輔には先生のことを話したことは無い。勿論関係を匂わせることも。先生は私が洋輔と暮らしていることを知っているのだから、物議を醸し出すような内容では無いと思いたい。
 丁寧に封を開けて読んだ。ほっ、問題無し。
「どうした、困った内容?」
「うん、あ、ううん、困ったっていうか、うーん」
 手紙を彼に差し出した。ひったくるの10分の1ぐらいの力で彼は受け取った。
 読んでいる彼の表情を見ながら、見せたのはまずかったかなと後悔した。
 夏休みの間オックスフォードでシンポジウムがあるから助手として私を連れて行きたいと書いてある。旅費宿泊費は大学持ち。助手として雇うから大学から給与が出る、と。形式的な面談の日程が書かれている。
 彼は怪訝そうな顔をした。
「お前、有名なんだな、すごいじゃん。大して知らない教授からこんなオファーが来るとは。行くつもり?」
 彼の表情は、ちっとも褒めてないし喜んでもいない。私に罪悪感を抱かせるような言い方。
 何かにつけてはっきり言わない彼の態度にはもううんざり。行きたいに決まってるじゃんか。
 この瞬間洋輔を大切に思う気持ちが一切合切消えた。
 本気で洋輔と別れなければならないと思うようになった。
 私が作る食事を特権のような顔をして食べ、子どものようにテレビのチャンネルを独占し、とっとと寝てしまう。何も共通するものが無くなってしまった2人など、一緒に居てもダメだ。
 彼は私の話を聞かなくなった。知らないことは聞いてもつまらないと言い出した。興味の無いことを聞いても面白くないのは私だって同じだ。かと言って、彼の話す、私には関係の無い興味の無い話をつまらないと言って聞かなかったら、彼はどんなに腹を立てることだろう。
 彼と私とでは人の話を聞く姿勢が違い過ぎる。
 彼は発信した物と同じ物しか受信しない。私の中にも同じ物が無いと納得しない。私は彼から吸収する物が無くなってしまった。

 明日から夏休み。帰省することにした。
 洋輔には田舎でバイトがみつかったと嘘を吐いた。そのうち嘘ではなくなる。毎年夏休みにバイトをしているブティックで、今年も雇ってもらえるはずだから。私は荷物をまとめ始めた。
 洋輔は北海道へツーリングに行くと言った。準備を手伝えと? 無理。バイトがすぐ始まるからと、不機嫌な彼を置いて外へ出た。私の部屋に彼の荷物の殆どが来てしまっているのが、今となってはイヤでイヤで仕方が無い。