あるところに野球のバット作りが得意なおじいさんが住んでいました。

おじいさんは、それはそれは腕のよいバット作りの職人でしたが、おばあさんには先立たれ、子供もいなかったので、一人で寂しく毎日を送っていました。

そんな毎日を送っていたおじいさんは、ある日、テレビで野球観戦をしながら、ついに仕事をやめる決心をしました。

その頃、プロ野球のファンの間で、ヒットが打てなくて腹を立てた選手がバットをへし折るというパフォーマンスが喜ばれ始めていました。

おじいさんにとって、心を込めて大切に作り上げたバットは自分の息子のようなものです。へし折られて、気持ちの良いわけがありません。

「最後のバットは、わし自身のために作ろう」

おじいさんは最後のバットを、時間をかけて丁寧に丁寧に作り上げました。

｢よし、今までで最高の出来じゃ。おやすみ、わしのかわいい息子｣

すると、バットが答えました。

｢おやすみ、お父さん｣

おじいさんが本当に心を込めて作ったので、なんとバットに心が宿ったのです。

でも、その声はおじいさんにも聞こえましたが、おじいさんはバット君を野球の道具箱にしまってしまいました。

息子のように思ってはいても、まさか、バットが本当に人と同じように生きているとは思ってもみなかったのです。