キミの恋のはじまりは


今日のは予行演習で、泉にあげる分はバレンタインの前日に家でひとりで作ろうと思っているのだ。



「よかったぁ。ありがとうございます」



智香さんからお墨付きをもらってホッとしているところに、葉山さんがこたくんを連れて帰ってきた。



「ママ!ただいまぁ~」とこたくんの声が響けば、「うわぁ、すごいいい匂いするじゃん」と葉山さんもキッチンに姿を現した。

葉山さんがテーブルの上に並んだフォンダンショコラを見て、「美味しそう」と目を細めた。



「こたくんのお迎え、すみませんでした。智香さん、私がお借りしちゃったから…」

「んーん、全然。上手に出来てよかったね。片桐喜ぶね~」

「……だといいんですけど」



この間の駅でのことが思い浮かんで、思わず微妙な返事をしてしまった。

泉が女の子に声をかけられているところなんて、いままでも何度か見たことあったのに。あの日のことだけはやけにくっきり記憶に残ってしまったのはなんでなんだろう。



「へ?なんで?アイツが喜ばないわけないじゃん。莉世ちゃんのくれたものなら、その辺の野草でも喜ぶでしょ?」



きょとん、と頭をかしげた葉山さんに「それがですね…」と真由ちゃんがこの間の駅でのことを話すと、納得したように笑った。



「あー、それね。あいつ、いま学校でもすごいよ」

「え、す、すごい……とは……」

「いや、だから、告られまく……ぶほっ」

「ちょっと葉山さん~?紅茶もっといかがですかぁ?!」

「うっ、ごほっ……、だから、モテ……むぐぅぅっ」

「う、うん、そうね!恭平くん食べたりないんじゃない?もっと食べなよっ」



葉山さんが最後まで言う前に真由ちゃんがその口に無理やりティーカップを押しつけ、智香さんがフォンダンショコラをむぎゅむぎゅと食べさせようとしている。



「あ、あの、大丈夫です。……なんとなく想像ついてますから」



疑ってるとか、心配だとか、そういうのではないんだけど……。

やきもち……なのかな、とは思う。

でも、それも少し違うような気もする。

泉がそばにいてくれることが当たり前になってきて、手を伸ばせば届くところに大好きなぬくもりがあって。

安心するのに、幸せなのに、やっぱり苦しさが消えないのはなんでだろう。


へへへ、と力なく笑った私を真由ちゃんが「莉世~!!」と抱きしめて頭をよしよししてくれる。

智香さんに突っ込まれたフォンダンショコラを葉山さんはごくりと飲みんで「ちょっと最後まで言わせてよ~!」と一際大きな声をあげた。


「確かにすごい告られてるけど、でも、アイツ、なんの揺ぎもなくスッパリ断るの。ほら、泣いちゃう子とかも中にはいるし、なんとかチョコだけでも受け取ってもらおうとする子っているじゃん?」



と同意を求めるように私たちを見るけれど……。



「あ、私たち、そういうの漫画の中だけでしか見たことないんで。現実にそういうことあるってだけで、結構、衝撃です」



真由ちゃんの答えに私も頷くと、「え、マジか。まぁとりあえずね、そういうことって結構あるわけ」と私たちの同意は諦めたようで、言葉を続ける。



「そういう時ってチョコだけもらって穏便に済まそう~とか思っちゃうんだけど、片桐にはそれがないんだよなぁ。絶対にもらわない」

「そう、なんですか?」

「アイツ、さすがブレないね」



それを聞いて頬がじんわりと火照ると、「片想いダテに8年?やってないわ」と葉山さんがにんまりと笑うから、ますます顔が熱くなった。



「だから、今日うちに来てるっていうこと、秘密って本当は反対。でもサプライズしたいっていう莉世ちゃんの気持ちもわかるから、チョコ渡すとき、ちゃんとネタばらししてね」



小さくコクンと肯けば、葉山さんが「よかった。一応、俺にも良心ってあるからさぁ~」とわざと明るく言ってくれる。



「葉山さんっ!!見直しました~!見くびっててすみませんっ!」



真由ちゃんが感動したように身を乗り出して葉山さんを見つめれば、「見くびってたんだね?真由ちゃん」と怪しさ満点のにっこり笑顔を向けた。

智香さんは、こたくんの口元のチョコを拭きながらくすくす笑って



「恭平くん、いい先輩なんだね!私も見直したよ!」



と言えば、「智ちゃんまでどーいうこと?」と不満げに呟いで髪をくしゃっとかきあげた。

私もつられてくすくすと笑えば、恨めしそうに眉を顰めた葉山さんと目があったので、上手にできたフォンダンショコラをまた口に入れて笑いと一緒に飲み込んだ。

甘くとろけるチョコレート。

泉のために、初めて作った。



……泉はブレない。

うん、知ってる。

……ずっと私だけだって言ってくれた。

うん。信じてる。嘘じゃない。

……なのに。


頭の奥で、心の深いところで、どろりとした見たくないものが広がるのが止まらない。