入道雲の向こう側

その時。

水穂がくるっと振り向いて、目をきらんと光らせた。そしてだっと走りだした。俺がどうしたのかと思う間もなく、だ。あっという間に距離が開きかけて、はっと我に帰り、慌てて追いかける。
山の中で迷ったら大変だ。2人でならまだしも、別々にはぐれてしまうのは良くない。
「気をつけるんだぞ、生都。山での遭難は命に関わるからな」
出発前、そう、俺に念を押した父さんの声が頭に響く。放任主義で子供のしたいことをさせることをモットーに俺を育ててくれた両親。今日も笑顔で送り出してくれたが、心配はしてくれている。
「大丈夫。いざとなったら俺が水穂を守る」
気をつけて行ってきます、と家を出たときの2人の笑顔も、頭に浮かぶ。
俺は一段階ペースをあげる。
迫る俺の足音に気付いたのだろう。ぱっと振り向いて、まるでいたずらのバレた子供のように笑う水穂。
ペースを落とし、2人で並んで歩く。
「どうしたの急に」
「なんか急に走りたくなった!でも見て、頂上だよ!すっごくきれいな景色」
水穂の指差す方を見ると、小さくなった町。いつのまにか結構登ってきたんだなと実感した。ベンチに座りお弁当を広げる。まだ11時だ。
「予定よりだいぶ早く着いちゃったね」
お腹すいたー、と早速食べ始めている水穂。それを見てつい、ふっと吹き出してしまう。
「誰のせいだよ」
「あはは、ごめんって」
「別にいいけど。水穂、足、速くなったな」
うそ、やったー、目を丸く見開いて喜んでいる。表情豊かだ。相変わらずかわいい。
「ほんと。今まで余裕で追いつけてたのに今日はちょっと追いつけなくなる未来が見えた」
いただきます、と呟き、俺もおいなりさんを頬張る。おいしい。
乾いた喉を油揚げの出汁が通る。
よく染みているけど、カラカラの喉には刺激が強い。そういえば、あと残りちょっとになってしまったスポーツドリンクを節約しようとあまり水を飲んでいなかった。
(熱中症にはならないようにしないと)