「まあ、やりにくいっていうか」

そこまで言って言葉に詰まる。
やりにくいっていうか、止まっていた何かが動き始めたというか。

でも10年ぶりに会ってすぐにそんなこと重い。重過ぎる。

ふと、捲った袖から伸びる左手を視線でなぞり、その先、薬指をチェックしてしまった。

ない。

指輪はない。

「りっちゃん、もうあれはなかったことにしよう」
「え」
「高校の時の、あのことは全部なかったことにしよう」

私は文字通り意味が分からなくて、静かに彼の瞳を覗き込んだ。彼は変わらず笑顔のまま続ける。

「お互いにやりにくいなら、元ナンタラって関係を全部なかったことにしよう。同じ高校の先輩と後輩、それだけがいいんじゃないかな」
「それって」

そこまで言って、お互いに見つめ合う。

ここはどこ。ベッドの上?
あの日の、お菓子も飲み物も散らかしたままお互いのことしか見えてなかった、あのベッドの上?

「祥慈はない方がいいの?」

私はそう聞くと、彼はパスタを一口頬張って、笑顔のまま答えた。

「うん、だってあれ、黒歴史だから」

私の恋は崩壊した。