すると、ヴァールがとんと歩み出て、ゲンジの足元をすんすん嗅ぎ始めた。
 ゲンジもいきり立っていた兵たちも、呆気にとられてこの不思議な黒猫に注目している。

 やがてヴァールは私の方を向くと、短く「にゃあ」と鳴いて、また私の足元に戻ってきた。
 まるで「この異邦の剣士は、信用できる人だよ」と、私に教えてくれたかのように。

「……こちらの猫殿は、姫君の使い魔であられるか?」

 ゲンジが訊いてきた。

「この子は、私のお友だちです」

 私は微笑んで答えた。

「でも、猫には邪気を嗅ぎ取る力があると聞いたことがあります。ヴァールが認めたということは、貴方の言っていることに嘘はないのでしょう、ゲンジ」

「……かたじけない、猫殿」

 ゲンジはヴァールに向けて、律儀にお辞儀をした。ヴァールはヴァールで、「にゃあ」と短く返事をする。まるで、「お礼はいらないよ」とでも声をかけたように。

 それで、一件落着かと思ったのだけど……。

「姫君様、甘いですぞ!」

 割れ鐘を叩くような蛮声が響いた。ギラン将軍だ。

「騒ぎを聞きつけて来てみれば、姫君様は私どもよりかような異人を信用すると申されるか。しかも猫が認めたからなどと、このギラン、到底承服できませぬ!」

 ギラン将軍は大鎧に巨大な戦斧を携えて、私たちの間に割って入ってきた。

「控えなさい将軍。こちらのゲンジは、遙か東の国より王国のために来てくださった剣士なのですよ」

 私に声に、レイアも言葉を重ねた。

「ギラン将軍、姫君様のご裁定に異を唱えられるか?!」

「他事はともかく、行軍の是非に口を出されてはこのギラン、立つ瀬がありませぬ。レイア殿のお言葉といえども、聞き届けられませぬな!」

「ギラン将軍!!」

 だがその時、ゲンジが静かに口を開いた。

「では拙者が貴公と手合わせして、拙者が勝てば、この場を収めていただけるか? 将軍閣下」