自分の部屋に戻ると、侍女に戦鎧を解かせて、内衣も脱いで湯船に浸かった。

 人心地ついてから、薄い夜着に着替えて寝室に移り、真っ白な寝台に身体を投げ出した。

 寝台の天蓋を眺めているうちに、唇からぽつりと、言葉がこぼれ落ちた。

「怖いな……」

 今まで一度も、戦場に立ったことなんてない。軍鼓の響きも、兵馬のいななきも、剣戟の火花も、見たことも聞いたこともない。
 でも、恐ろしい侵略者に(おのの)く人々に、私に何かできることはと考えたら、これ以外に思いつかなかった。

 私がお父さまの名代として、軍を率いて悪魔のようなロズモンドの軍と対峙する──。

 急に身体が震え出して、血の気を失った指先を、私は自分の胸に押し付けるようにして、身を屈めた。

 するとその時だった。
 部屋の隅で、何かが光った。

「誰っ?!」

 寝台から飛び起きて、寝室の隅に目を凝らすと、黒い影が風のように動いて、私の寝台の上に飛び乗ってきた。

「あなた……」

 それは艶やかな毛並みの、一匹の黒猫だった。先程の光は、黒猫の宝石のように蒼い瞳が、燭台の灯のゆらぎを映した輝きだったのだろう。

 黒猫は長いしっぽを立てながら、私に歩み寄ると、赤い口をあけて短く「にゃあ」と鳴いた。

 そして私の膝に顔をこすりつけて、甘えるように喉を鳴らした。

(野良猫? それとも、侍女の誰かの飼い猫かしら?)
 
「あなたお名前は? 何処から来たの?」 

 私がそう問いかけると、黒猫はすっと背を向けて、私の寝台の上で当然のように毛づくろいを始めた。

「誰かに飼われているのなら、帰らないとご主人さまが悲しむでしょう」

 黒猫は、私の言葉が聞こえているのかいないのか、平気でお腹の辺りの毛を舐めている。
 その時初めて、黒猫の左の口ひげの一本が、根元からバネのように渦を巻いていることに気がついた。

「──もしかして、ウチの子になりたいの?」

 ウチの子。
 ミーリア王家の猫ってことだけど。

 するとその言葉が聞こえたのか、黒猫は振り向くように上半身をくねらせて、一言「にゃあ」と鳴いた。

「そう……、ウチの子になりたいのね」

 私がそう呟くと、黒猫はぽんと跳ねて、私の腕の中に自分から収まった。