「滅相もござらぬ」

 ゲンジも上体を傾け、礼を返した。

「行きがかりの上でのこととは言え、将軍の如き豪傑の面目に傷をつけ、このゲンジ、慚愧に堪えぬ。どうかお赦しいただきたい、将軍」

「何を言われる、そもそもは(わし)が……」

「いや、拙者の方が……」

 そして今度は、王国一の猛者と東方から来た神速の剣士の間で、井戸端の御婦人同士のようなお辞儀合戦が始まってしまった。

 私もレイアも他の兵たちも、皆が呆気にとられて見守る中、急に暗がりの中でぱちぱち手を叩く音がした。

「いやあ、良いものを見せてもらった。軍が一直線に砦に進んでいるのを知り、どうしたものかと思案していたが」

 暗がりから現れたのは、深緑色に染めたローブを羽織り、虹色に輝く宝珠を嵌め込んだ杖をついた、銀髪の魔導師だった。

 毒気を抜かれて皆が言葉が追い付かない中、その魔導師は自分から胸に手を当て、名乗った。

「姫君様にお目にかかります。私はベルナルド。魔法と兵法を究めるため、各地を旅しております」

「それでベルナルド殿、あなたは私たちに力をお貸しくださるのですか?」

「もとよりそのつもりでしたが……」

 ベルナルドはゲンジを軽く振り返ると、口元に人の悪そうな笑みを浮かべて、言った。

「そこの(サムライ)の話を聞き、一つ策を思い付きました。姫君様に献じたく存じます」

 レイアやギラン将軍の胡散臭そうな視線を浴びたまま、この風変わりな魔導師は、薄い笑いを浮かべながら、こう言った。

「敵がそのつもりなら、ありがたく乗ってやろうじゃないですか」