「お初にお目にかかります、ミーナ様。ロキと申します」


 それから数日後、ようやく俺はミーナ様と会うことが出来た。

 柔らかな茶色の髪、紫色の瞳が美しいあどけなさの残る少女。いつも主から話を聞いていたせいか、どうも初めて会った気がしない。側に居るだけで自然と親近感が湧くし、一緒に居ると心地良い。

 明るくひたむきで、けれど物凄い負けず嫌いで。主が夢中になるのがよく分かる。ミーナ様が笑うだけで、心が温かくなる気がした。



「一応釘を刺しておくけど、ミーナを好きになったらいけないよ? 俺の大事な妃だから」


 ある日のこと、主はそう言って意地悪に微笑む。


(どうせなら本人に直接お伝えすれば良いのに)


 とはいえ、主も主だが、ミーナ様もミーナ様だ。

 傍から見れば、彼女が主を恋い慕っているのは一目瞭然。けれど、直接想いを伝えることは出来ないらしい。
 平民出身の偽りの妃だから――少なくともミーナ様はそう思っているから――劣等感を抱いてしまうのはよく分かる。


(全く、おかしな話だ。主はこんなにもミーナ様を想っているのに)


 夫婦そろって意地っ張り。どちらかが折れればそれで終わる話だろうに、どちらにもそんな様子はない。恋をすれば人は憶病になるというけれど、こんなにも分かりやすく愛し合っている癖に、一体何を怖がる必要があるのだろう?


(早く素直になれば良いのに)


 傍から見ていて物凄くもどかしい。

 お二人が仲睦まじく過ごしている姿を早く見たい――――少々煽ってみることにした。



「どうせなら『会いに来て』と――――そうお書きになった方が、主は喜ぶと思います」


 主からの贈り物であるドレスを届けた日のこと。俺はミーナ様にそんなことを耳打ちする。

 主の迷惑になりたくない――――契約妃であるミーナ様はいつも、主との関係に線を引いている。会いたいと口にすることもなければ、聞きたいことがあっても尋ねられず、物を欲しがることだってしない。

 けれど、ドレスを贈られた今なら、主がどれ程ミーナ様を想っているのか少しは感じられるだろう。何と言っても、多忙の中、主が自らドレスを選んだのだから。


(良かった。俺の意図はちゃんと伝わったらしい)


 ミーナ様は頬を染め、躊躇いがちに小さく頷く。


 その日の夜の主は、信じられない程ご満悦だった。


「ミーナが『俺に会いたい』って手紙を書いてくれたんだ」


 幸せそうな表情。主がミーナ様からの手紙を胸に抱く。


(知ってますよ)


 微笑みながら、まるで悪戯が成功した子供のような、大きくて奇妙な達成感を抱く。

 お二人を焚きつけたのは他ならぬ俺。
 そうして、主もミーナ様も、それぞれ幸せそうに微笑んでいる。

 俺はもう、以前のようには主の側に居ることが出来ない。
 だけど、俺にもまだ、主のために出来ることが存在する。そう思えることが、あまりにも嬉しかった。