「ロキに話がある。
ミーナが見つかったんだ」


 それは主が皇帝に即位する前日のこと。真剣な面持ちの主はそう言って、俺を真っすぐに見つめる。


「それは――――! 本当に良かった! 一体どこにいらっしゃったのですか?」


 父親と兄君を一度に亡くし、主が皇帝になることが決まって以降、俺はミーナ様を探すために奔走していた。

 主がミーナ様と共に過ごせたのはほんの数日。離れ離れになって以降、彼女は離宮で宮女としての仕事を与えられたと聞いている。
 けれど、俺が迎えに行った先にミーナ様は居なかった。別の宮殿に移ったと言われたが、詳細を知る者は一人も居ない。
 平時ならば人探しもしやすいが、今は想定外に生じた代替わりのための準備の真っただ中。皇宮内は何処もかしこもバタついている。それでも、密かに人を遣って調査を急がせていたのだが。


「灯台下暗しっていうだろう? ミーナは金剛宮に居たんだよ」


 主はそう言って懐かしそうに目を細める。
 幾度も幾度も聞かされた、幼い頃のミーナ様との思い出話。金剛宮で一緒に遊んだこと。将来の約束をしたこと――――まさか、そんな思い出の金剛宮で再会していたとは。


「本当におめでとうございます。それで、ミーナ様は主の妃になられるのですよね?」

「ああ。無理やり金剛宮の妃に捩じ込んだから、ギデオンには苦言を呈されたよ。準備が間に合わないって。絶対に何とかするようにと伝えたけど」


 そう言って主は小さく笑う。
 本来なら入内にはかなりの準備が必要だ。それを直前も直前に捩じ込んでしまうあたり、主のミーナ様への執着っぷりは半端ない。もちろん、彼女を見つけた段階で妃にすると俺は聞いていたけれども。


「それで、ロキに頼みがあるんだ」

「もちろん、何なりとお申し付けください」


 今日を最後に、俺は側近の任を解かれる。後継者でない『皇子の主』の側に居ることは出来ても、『皇帝である主』の側には居られないからだ。
 それでも、なんとか貴石宮の警護は任せてもらえることになったのだが、どうやったって寂しさは募る。
 どんな些細なことでも良い。主の役に立ちたい。それこそが、俺の願いだった。


「今から一年後――――俺は死んでしまう」

「…………え?」


 主の言葉に息を呑む。心臓がドクンと大きく跳ね、動悸がちっとも収まらない。


(主が死ぬ?)


 そんなの無理だ。受け入れられない。受け入れられる筈がない。
 しかし――――


「一体どうして?」

「ロキ。俺はね、何者かに殺されてしまうんだ。金剛宮で、食事に毒を盛られた。血を吐き、苦しみ、死んだ筈だった」

「……?」


 一年後の未来の話をしている筈なのに、まるで主はその光景を見てきたかのように言葉を紡ぐ。目を瞑り、情景を思い浮かべているかのように見えた。


「あの日――――俺はようやくミーナを見つけたんだ。一年も探し続けて、ようやく会えた。それなのに、言葉も碌にかわせないまま俺の人生は終わってしまった。俺の傍らでミーナは泣いてた。やっと会えたのに――――」


 そう言って主は顔を歪める。
 主がどれ程ミーナ様に会いたがっていたのか、俺は知っている。どれ程彼女を想っていたかも。だからこそ、彼女の捜索を急いでいたのだから。


「信じてもらえるかは分からない。だが、俺は確かに一度死んだ。
しかし、俺の時間は巻き戻った。皇帝に即位する前日。今日この日に」


 主はそう言って真っ直ぐに俺を見つめる。
 確かに、俄かには信じがたい話だ。


「俺は主を信じます」


 けれど、俺にとっては主が全てだ。主の言うことを全面的に信じる。疑いなど微塵もない。


「良かった。
それでね、ロキ。俺は死に戻り、ミーナを見つけたんだ。ミーナは――――ミーナにも一度目の人生の記憶があった。俺が死んだ記憶が」

「――――嫌です! 主が死ぬなんて、絶対に受け入れられません。俺が犯人を探し出します。主を殺させはしません」


 この世に不可避な未来など無い。いや、俺が未来を変えて見せる。
 ずいと身を乗り出せば、主は穏やかに目を細めた。


「ありがとう。俺も同じ気持ちだよ。
だけど、ロキには一番大事な仕事を頼みたいんだ」

「一番大事な仕事?」


 主は大きく頷くと、俺の肩をそっと叩いた。


「ミーナのことを守って欲しいんだ」


 あまりにも真剣な眼差しに、俺は小さく息を呑む。


「しかし、それでは……」

「お前が俺を優先したいことは分かっている。だけど、俺にとってはミーナが何よりも大切なんだ。
どうか俺と一緒にミーナのことを守って欲しい」


 長年お仕えしているが、こんなにも必死な主の姿は見たことがない。
 俺にとって、主の願いは絶対。


「承知しました。全力で、ミーナ様をお守りします」


 応えれば、主は嬉しそうに目を細めた。