それからまた、数日が過ぎた。


(うわぁ……!)


 心の中で叫び声を上げつつ、興奮で胸が高鳴る。
 本当はキョロキョロと見回したいけど、妃らしくない振る舞いだから自重する。だけど、正直言って興味津々。

 ここはアーネスト様が日中殆どの時間を過ごす内廷。わたしが滅多に足を踏み入れることのない場所だった。


(当たり前だけど、男の人がたくさんいるなぁ)


 後宮にも男性はいるけど、その数は物凄く少ない。
 以前、エスメラルダ様が仰っていたように、妃や侍女たちが皇帝――アーネスト様以外の男性と通じないためだ。

 後宮とは対照的に、ここ内廷には女性の姿が殆どない。以前カミラが『我が国は典型的な男性社会だ』って教えてくれたけど、それにしたって少ない。文官や騎士達の好奇の眼差しに気づかぬふりをしながら、わたしは使者の後に続いた。


「ミーナ様、わざわざご足労いただき、申し訳ございません。何分急な話だったもので」


 そう口にしたのはロキだった。騎士装束を身に纏い、跪いて頭を垂れる。


「ううん、気にしないで。おかげで内廷に来れたし。後宮の外に出るのは久々だから、新鮮な気分。なんだかとても嬉しかったわ」

「それは良かった」


 互いに微笑み合いつつ、案内されたソファへと腰掛ける。


「それにしても、本当に急な話ね。『視察に行く』って手紙に書いてあったけど」

「はい。セザーリン地方に。ミーナ様へのご挨拶が済み次第、すぐに出発いたします。俺が不在の間は別の者が警護を務めますので、ご安心を」


 ロキが後方をチラリと見遣る。すると、その場に控えていた数人の騎士が、恭しく頭を垂れた。見知らぬ顔ばかりだけど、ロキやアーネスト様の人選なら間違いない。「よろしくね」と口にして、わたしは微笑んだ。


「それにしても、わざわざロキを派遣するんだもの。余程大事な用事なんでしょう?」


 ロキが動くのは、アーネスト様の絡む案件だけ。今回の視察は間違いなく勅命だろう。


「さあ、どうでしょう……そこら辺の事情は主から口止めされていますから」


 人差し指をそっと立て、ロキは悪戯っぽい笑みを浮かべる。すると、傍らに控えていた侍女たちが数人、悩まし気なため息を吐いた。少し離れたわたしにまで、その熱気が伝わってくる。


(罪作りな男だなぁ)


 ロキ本人にその自覚がないのが、より厄介な点だろう。だって、アーネスト様のあれは確信犯だから。無差別か狙い撃ちかの違いはあれど、つくづく嫌な主従である。


「カミラ殿」


 そんなことを考えていると、ロキが徐にカミラを呼んだ。


「……は、はい。なんでしょう?」


 いつも卒のないカミラにしては珍しく、歯切れの悪い反応だ。頬をポッと染め、口元を恥ずかし気に隠した彼女は、何だかとても可愛らしい。普段キビキビしているだけ、余計にギャップが目立つ。


「俺がいない間、ミーナ様をよろしくお願いいたします」

「まぁ、ロキ様……! もちろん、しっかり務めさせていただきますわ」


 カミラは誇らし気に瞳を輝かせ、ドンと大きく胸を叩く。ロキは穏やかに目を細めた。


「ありがとうございます。ミーナ様は俺にとって、もう一人の主ですから。命に代えてもお守りしなければなりません」


 そんなことを口にして、ロキはわたしをそっと見上げる。何だか従順な子犬のようだ。不覚にも少しときめいてしまった。


(いけない、いけない)


 契約妃とはいえ、わたしはアーネスト様の妃。断じて恋愛感情では無いけれど、他の男性にドキドキしたり、心を預けてはいけないのだと思う。


「って……ん? もう一人の主?」

「はい。俺が今ここに居るのは、ミーナ様のおかげですから」


 そう言ってロキは微笑むけど、全く身に覚えがない。ゆっくり首を傾げると、ロキはクスクスと笑い声をあげた。


「理由はいつか、主に聞いてください。――――では、俺はこれで失礼いたします」


 恭しく頭を垂れ、ロキは手の甲に触れるだけのキスをする。


「行ってらっしゃい、ロキ」


 待ってるね、と口にして、わたしはロキを見送った。