「宮女は毒を毒ともを知らぬまま、混入を指示されていたそうです」


 金剛宮に戻り、ロキからそんな話を聞く。彼と直接会話をするのは夜会の夜が最後――――およそ二ヶ月ぶりだ。


「けれど、事件の話を聞き、自分が犯罪の片棒を担いでいたものの、しばらくはだんまりを決め込むことにしました。知らなかったこととはいえ、妃を害したのです。バレればどんな罰が待っているか分かりませんからね。
しかし、主が強硬手段に出たことで、ソフィア様は焦りました。『指示を受けただけの人間は決して罰しない』『寧ろ報酬を与える』――――この条件なら名乗り出やすいですからね。
このためソフィア様は、宮女の口を封じようと、大金を渡して暇を出しました。――――実際は物理的に口を利けなくするつもりだったようですが」


 ロキの言葉に、ブルリと身体を震わせる。とても他人事には思えなかった。宮女の気持ちを思うと、胸が軋む。


(自分の身を守るために、罪を重ねるなんて)


 ソフィア様の考えは、わたしにはちっとも理解ができない。誰かを傷つけようと思うこと自体そもそも間違っているけど、その事実を隠すため、更に人一人の命を犠牲にしようとしたのだもの。


(ソフィア様にとっては、宮女の命など、家畜以下ということなのかしら)


 そう思うと腹が立つ。腸が煮えくり返った。


「しかし、ソフィア様に毒を売った商人の方は、アッサリと口を割ってくれたので助かりました。損得感情で動くタイプの人間だったのが幸いでしたね。あまり手荒なことはしたくありませんし、事を長引かせたくはありませんでしたから」


 ニコリと微笑みながら、ロキが言う。顔は笑っているけど、目が笑っていない。彼は多分、怒らせたら怖いタイプだと思う。


「それで――――ソフィア様はどうなるの?」


 恐る恐るわたしは尋ねる。

 彼女はきっと、わたしを殺す気は無かったのだろう。本気で殺したいならきっと、もっと強い毒を選ぶ。アーネスト様が最初の人生で殺された時みたいに。彼女にはそれが可能だった。
 だからきっと、ソフィア様はわたしを苦しめたかった――――後宮から逃げ出すように仕向けたかったのだと思う。


「処罰は重いと思いますよ。ともすれば主――皇帝に毒を盛っていたわけですから」

「そう……そうね」


 だけど、もしも毒を飲んだのがアーネスト様だったら――――疑われたのはきっと、わたしだろう。その場合、茶葉の出どころとか、そういう所にまで議論が行き着くかどうかすら怪しい。


(アーネスト様はきっと、わたしのことを信じてくれただろうけど)


 それでも、犯人が他にいる体で捜査を進めるのは苦労するだろうし、もしかすると庇いきれなかったかもしれない。そう思うと、あの時お茶を飲んでみて良かったと、心から思う。


「主もまた、しばらくはお忙しくなるでしょう。彼女の父親は宰相でしたから。急いで後任を選定せねばなりません」

「あっ……そっか。本人だけじゃなくて、家族にも影響が出るのね」


 わたしには家族がいないから忘れていたけど、罪を犯せば家族だってタダじゃ済まない。罪の程度にもよるけど、爵位や財産を剥奪されたり、国外に追放されたりするのだと、以前カミラが教えてくれた。


「後任はギデオン様に?」

「いえ。彼は主の側近とはいえ、宰相補佐を経験していませんから。国政にあまり影響が出ないよう、経験の長い方を選ぶことになるでしょう。主は即位してまだ一年も経っていませんし」

「そっか……。ねぇ、そういえば、どうしてロキはあの場に居たの?」

「そう言えばお話していませんでしたね。この二ヶ月ほど、主から金剛宮の――ミーナ様の警護を命じられていたのです」

「えっ、そうなの?」


 一体どこに潜んでいたのだろう? 全く気がつかなかった。カミラ達も同じらしく、それぞれ顔を見合わせている。


「もっと早くに知りたかったなぁ。知っていたら、ロキに話し相手になって貰いたかったのに」

「……すみません。主から必要以上の接触を禁止されていたもので」

「え? どうして?」


 ちっとも理由が分からずに、わたしはそっと首を傾げる。


(そもそも、必要以上の接触ってどういうこと?)


 真面目にそんなことを考えていると、ロキはクスクス声を上げて笑った。


「ミーナ様、覚えておいてください。俺達の主は――――大変嫉妬深いのです」

「…………へ?」


 頭の中の辞書を必死で捲りつつ、わたしはもう一度首を傾げる。


(嫉妬……嫉妬ねぇ)


 わたしが『嫉妬』と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、エスメラルダ様の顔だ。アーネスト様が彼女の元に通っていると思うだけで、わたしの胸は強く軋む。

 どんなことを話しているんだろうとか、どんな風に過ごしているんだろうとか、アーネスト様がエスメラルダ様に触れることとか――――あれこれ考えては、お腹の中で黒い何かが蠢くような、嫌な感じがする。


(アーネスト様が嫉妬深い?)


 彼でも、こんな気持ちを味わうというのだろうか。しかも、文脈から判断すれば、それはわたしとロキに対してということ。


「全然、そんなんじゃないのに」

「嫉妬とは案外そういうものですよ。当人は気づかないだけで」


 ニコリと、ロキは朗らかな笑みを浮かべる。


(だけど、本当に?)


 嫉妬の根幹にある感情――――その正体を、わたしは知っている。


(いや、もしかしたらアーネスト様には当てはまらないかもしれないけど! それでも)


 真っ赤に染まった頬を両手で覆いつつ、わたしは眉間に皺を寄せた。