「ロキと随分仲が良くなったんだね」


 久々にお会いしたアーネスト様は、開口一番そんなことを口にした。


(アーネスト様……ちゃんと寝ていらっしゃるのだろうか?)


 穏やかに目を細めているものの、アーネスト様の目の下にはくっきりと隈が出来ている。この上、いつも陶器みたいに真っ白でスベスベした綺麗な肌が、今日はどこかくすんで見えた。


(何だか申し訳なかったなぁ)


 ロキに唆されたとはいえ、そんな忙しい人を呼びつけてしまった――――罪悪感がチリチリと胸を焼く。


「ミーナ?」

「え? あっ……すみません。ロキはわたしと境遇がすごく似ていますし、二人ともアーネスト様を慕っているっていう共通点がありますから」


 慌ててそう答えつつ、アーネスト様がゆっくりと休めるよう、部屋の環境を整えていく。カミラが用意してくれたリラックス効果のある精油を焚き、灯りをほんのり落とすと、アーネスト様は眠たそうに目を擦った。


「そうか……うん。二人はきっと、気が合うだろうなと思ったんだ」


 そう言ってアーネスト様はわたしのことを手招きする。隣に座るよう促され、わたしはゆっくりと腰を下ろした。

 金剛宮にいらっしゃる日はいつも、アーネスト様とわたしは一緒のベッドで眠る。色気が無いのは重々承知しているものの、そもそもわたしはアーネスト様にとって『女性』という枠組みに入っていないんだと思う。
 従者枠とでも呼ぶべきなのか――多分ロキと同じ枠――彼と出会って以降、そんな風に感じるようになっていた。


「いつも二人でどんな話をしているの?」

「ロキとですか? そんなの当然、アーネスト様のことに決まっています」


 わたし達の話題はアーネスト様のことばかり。二人で『アーネスト様をどれ程崇拝しているのか』を語り合うことが、ここ最近の楽しみだった。

 そりゃあ、エスメラルダ様やベラ様だって当然、アーネスト様のことを慕っている。だけど、わたし達とは種類も熱量も全然違う。

 わたし達はアーネスト様に拾ってもらったもの同士――――互いにしか分かり合えない絆みたいなものがある。自分の命より大切なもの。それがわたし達にとってのアーネスト様だ。


「俺のこと、ね」


 そう言ってアーネスト様はゴロンとベッドに横になる。どうやら眠さの限界らしい。瞼を何度もしばたかせて、アーネスト様はわたしのことを見つめた。泣きたくなるような優しい笑顔。愛しさに胸を震わせつつ、わたしは徐に口を開く。


「アーネスト様」

「ん?」

「ドレスを――――ありがとうございました」


 心の底からそう口にすると、アーネスト様は穏やかに目を細めた。


「おいで、ミーナ」

「へ……? わっ」


 唐突に腕を引っ張られ、アーネスト様の胸に抱き留められる。薄い夜着越しに感じるアーネスト様の体温と鼓動。心臓がバクバクと鳴り響いた。


「気に入った?」


 頭上で響くアーネスト様の声音は心臓に悪い。身体が狂ったみたいに熱くなって、苦しくて苦しくて堪らなくなる。
 だけど、その分だけ幸せで、心の中が甘ったるい。良いのかな?って思いつつ、そこから動くことができない。


「もちろんです。アーネスト様が選んでくださったって聞いて、ビックリして。だけど――――すごくすごく嬉しかったです」


 やっとの思いでそう答えると、アーネスト様が嬉しそうに微笑む気配がした。


「良かった。ミーナに似合うと、そう思ったんだ」


 わたしの背中をポンポンと叩きながら、アーネスト様はそう口にする。何だかまるで幼児かペットにでもなった気分だ。温かくて、気持ち良くて、わたしの瞼も次第に重くなっていく。


「ミーナ、俺ね……今回の人生で、成し遂げたいことがあるんだ」


 ポツリポツリとアーネスト様が言葉を紡ぐ。既に夢の淵に居るのだろうか。所々言葉が途切れ、掠れていた。


「そのせいですごく忙しいし、ミーナにも中々会いに来れない。だけど今日、ミーナに『会いたい』って手紙を貰えて、すごく嬉しかった……」


 アーネスト様の声が優しく響く。温かくて、ふわふわする。
 もしかしたら夢の淵に居るのはわたしの方なのかもしれない。だとすれば、あまりにも自分に都合の良い夢だ。


(ずっと覚めなければ良いのに)


 そう思いつつ、わたしはアーネスト様の背中に腕を回す。胸いっぱいにアーネスト様の香りを吸い込み、あまりの甘さに酔いしれた。


「ミーナ――――もしも俺が、八か月後も生き残ることが出来たら、その時は――――――」


 けれど、アーネスト様の言葉がそれ以上続くことは無い。やっぱりわたしは既に夢の中にいるのだろう。
 二人分の寝息が聞こえてくる。まるで自分が自分じゃ無くなったみたいな感覚だ。


(アーネスト様のことは死なせませんよ)


 何があっても、絶対。
 そう心に誓いつつ、わたしは今度こそ、完全に意識を手放したのだった。