彼女の名前まではわかったが、どこに勤めているかまでの情報はない。
美知子ちゃんはもしかしたら知っているかもしれない。
だが、直接彼女本人に声をかける勇気もなく、こそこそと他人から情報を仕入れるのはこの年であまりにも恥ずかしい。
エレベーターで一緒になっても、急に知らないおじさんから声をかけられたら引かれるかもしれない。
同じ空間にいながらずっとそんなことを考えていた。
「雅ちゃん、最近大変らしいのよ…詳しくは教えてくれないんだけどね。これは確実に、いるわよ。モンスターが」
あれから美知子ちゃんは、俺が聞いてもいないのに彼女の話をするようになった。
「モンスター?」
「鬼上司よ。長年オフィスで働く社員を見てきたから勘が働くのよ」
言われてみると、ここ数ヶ月、彼女の顔色が悪いようにも思える。
一人でいる時はどこか思い詰めた表情をしているのだ。
だが、誰からか声が掛かればすぐあの笑顔に切り替える。
「恭ちゃん、気にかけてあげれば?」
「何言ってんだよ。会社も違うおじさんだぞ」
「おじさんって。恭ちゃんかっこいいのに」
相手の年齢的にそういう感情が湧いても犯罪ではないだろうが、どうも躊躇ってしまう。
「大丈夫よ、雅ちゃんは20代後半だから、全然いけるでしょ?」
だから、そういう問題じゃ…



