処刑直前の姫に転生したみたいですが、料理家だったのでスローライフしながら国民の胃袋を掴んでいこうと思います。


――――んん?!

音を聞いた瞬間、冷水を浴びたように、さーっと血の気が引いた。へんな体勢のまま硬直する。
あまりの恐怖に、声も出ない。指一本動かせずに、汗だけが全身から噴き出した。

な、な、なに。何の音だった?!

なんとか音のした方へ視線だけを動かすが、何もわからない。
獣か。ウサギとか鳥とか、可愛いものなら良いんだけど。
に、肉食の獣かも。

嫌な予感がして、野営まで走ろうと決意する。震える息で数回深呼吸すると、今度は息を止めて駆けだした。
叫べばいいのに、喉も引き攣って使い物にならない。恐怖に涙が滲んだ。
駆け出すと同時に、ザザザっと葉が擦れる音がした。先ほど物音がした繁みから、黒い影が飛び出す。

「ひいっ!」

足が縺れた。
転ぶ!
体が地面に吸い寄せられようという時、黒い影が飛びかかってくる。

あ、死ぬ。食われて死ぬ。

受け身も取れずに地面へ叩きつけられるのを覚悟したとき、体がなにかに受け止められた。

――――腕!

すんでのところで腕に助けられる。

支えてくれた腕は、お腹を乱暴に引っぱった。

「うぐっ」

強くお腹を締め付けられ、夕食の鍋がリバースしそうになった。
そのまま腕は腰に巻き付き、背中に迫る人間に拘束される。これじゃあまるで、羽交い締めだ。
君は誰だ。ありがとうと言いたいが乱暴過ぎるぞ。


「ったー……」

ずっと気になっていた甘い匂いが強くなった。なんだ、この人の香水だったのか。
でも、そんなお洒落な人、今回の同行者にいたっけ?


驚いて振り向くと、知らない男だった。

「んん!?」
「おっと、叫ぶなって、俺だよ」

てっきり仲間のだれかが助けてくれたのかと思ったが、知らない男だった。

「よう、リア。久しぶりだな」