朝の小鳥の声に俺は目を覚ました。
小さい頃から朝早く起きて踊るのが習慣になっていた俺の体は可愛らしい小鳥の声でさえ目覚ましになる。
遅刻防止用にセットされていたが使われなかったスマホのアラームを切るとメールをチェックする。
携帯会社からの広告メール。お目当ての相手からの返信はなく少し気分が下がったがそれでもなんとか己を奮い立たせて朝の準備を始めた。
いつの日か録音した幼馴染が歌う音声を流しながら。
東京に出てきて3年目の夏。
遥希は明日悲願のデビューを果たす。
最終リハーサルとスタッフさんたちへ挨拶を終え、事務所の車に乗り込む。
「ハル。遅い」
先に車で待機していた碧衣が不満の声を漏らす。
遥希は事務所に入ったのと同時に碧衣とユニットを組み“アオハル”を結成した。
そのアオハルとしてデビューするのだ。
遥希はスマホを取り出しメッセージの確認をする。
やはり広告メールばかりで幼なじみからのメールは来ていない。
「まだ気にしてんの?美雨ちゃんだっけ?」
隣に座る碧衣がスマホを覗き込んでくる。
あの時、スカウトの話が来た時俺はすぐに事務所に連絡した。
美雨はどうか。と。
しかし返って来た返信は期待を裏切る『美雨の所属は認めない、遥希だけ』という内容だった。
美雨は俺が本気でプロになりたがっているのだと思っていたようだが実際は違う。
俺はただプロになりたかったわけじゃない。
“美雨と一緒に”デビューしたかったのだ。
だから俺は断ろうと思っていたのだ。
あの時そう言えば良かったのかもしれない。
そう思いついたのは東京に来てからのことだった。
気づくのが遅すぎた。
「だってもう3年だろ?さすがに向こうも元カレのことなんて忘れてるでしょ」
碧衣の声はまだ続く。
「美雨はそんな人間じゃねえよ。俺ら幼馴染だし。生まれた時から一緒なんだよ」
「向こうも忘れて無いなら連絡のひとつやふたつくれるでしょ。少なくとも僕の元カノがデビューするなら“デビューおめでとう”ぐらいは送るけどな」
碧衣の言葉は腹立たしいが何も言い返せない。
俺はただ押し黙った。
「で、美雨ちゃんも歌手目指してるんだっけ?」
「軽々しく美雨ちゃんって呼ぶな」
「じゃあ、美雨?」
「それはもっとやめろ。……美雨はなるよ。歌手に」
碧衣に言うと言うよりかは自分に言い聞かせた。
美雨は絶対歌手になる人間だ。
だから俺が頑張り続けたらきっとどこかでまた交わる日が来るだろう。
俺はそんな想いひとつでこの三年、辛いレッスンにも厳しい指導にも耐えてきたのだ。
「なんだよ」
碧衣が意味深な笑みを浮かべているので問いただす。
「いや、ハルの想いが裏切られてなければいいなって思って」
「どういうこと?」
「だって、前ハルに見せてもらった写真、あれ美雨ちゃんでしょ。可愛いじゃん。あれで歌上手かったらどこかの事務所はとっくにスカウトしてるよ。うちは無理でもさ」
「そんな「まあでも、もし違ったとしても手は抜くなよ」」
碧衣がそういうと車は遥希の家の前に着いた。
「じゃ、また明日」
俺は車から降りてふと空を見上げた。
いつの日か美雨と見た広く淡い青ではなく東京の空は高層ビルに囲まれて狭く、どこか吸い込まれそうな深い青が広がっている。
会いたいな。
アイドルとして口には出せない言葉が心から漏れた。